17日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で雨や雷雨となっている。気温は23.4度から25.0度、湿度は86%から74%、降雨量は0mm/hから9mm/h 風は1mから3mの南東の風が少しばかり。明日の18日のさぬき市地方は、引き続き、前線や湿った空気の影響で雨や雷雨となる見込み。
115/64/74 36.1c-99%-62.2Kg 24.9c-87%-1016hPa 体調に変化はない。足の浮腫みもしびれもないし、おなかの張りもない。でも、うつむいたり、しゃがんだりができない。重いものは持てない。たちどころに呼吸困難に陥ってしまう。
今日は奥方がお休みで、台所に整理用の棚が欲しいと言うのである。「ホームセンターは朝が早いから8時開店だな・・」とポツリと言ったのに、8時を過ぎたら「もう、行くよ~」と言うではないか。朝ドラが始まったばかりなのに。で、出掛けたら、案の定、9時開店が多い。あそこもまだ、ここもまだ・・・ということで、とうとう、さぬき市志度にある「西村ジョイ志度店」までやってきてしまった。ここでも開店までに二回もトイレに行って来た。
するといきなり、「あ、これがいい」と、とある棚を指さした。とっさのことで画像がない。ところが、それは展示品しかなくて、しかも分解はしないという。「それじゃぁ、軽乗用車には乗らない」というと、「トラックを貸します」という。
トラックは貸すが、それには会員でないとダメだからカードを作れという。カードは奥方がわたしの名義で作ったようで、そこのお店のトラックに積み込んでもらったが、一時間は無料だが、それを過ぎると30分ごとに500円がいるという。
で、こういうトラックに棚を積み込んでもらって、奥方は運転できないというので私が運転することになった。すると奥方が、「私が居ないと降ろせないでしょ」と助手席に乗り込んできた。で、一目散に我が家に戻って、その棚を降ろして、わたし一人でお店まで戻ってトラックを返してきた。時間はジャスト一時間だった。で、私の車で自宅まで戻ってきた。
すると、どうだ。おとな二人がかりで運ぶような棚を、奥方一人で30mばかりも背負って(だろうよ)台所に運び込んで、すでに梅干しだのの瓶を棚に並べているではないか。火事場の馬鹿力というけれど、欲を背負うとなんとかなるものだなぁと感心した・・・。
このガレージの屋根の下に降ろしたはずの棚が、30分ばかりの間に台所まで動いていたのには驚いた。雨は依然として降り続いていた。
働き者の奥方に、「今日はおうどんに行こうか・・」と言うと、「待ってました!」と笑顔で車に乗り込んだ。で、うどん屋たって豪華なうどん屋じゃない。セルフサービスのお安い店である。
私は「温玉ぶっかけ小の温いん」=「温泉卵の乗った一玉のおうどんに温かいおだしをぶっかけたもの」においなりさんで440円。
奥方は「かけうどん小」にさつまいも天にあじフライで計380円。二人で820円というお会計。私のおごりである。(偉そうには言えないのだが)奥方は、自分でお昼ご飯を作らなくて良かったと大満足。奥方にほんのお返しである。
うどん屋のテーブルにあった新聞紙。新聞紙というものを見るのは久しぶり。いや、感染症対策上、新聞紙には触れていない。
午後からは「戻り梅雨」みたいな雨が降り続いている。
それでも町内の建設業の方々は、側溝に積もった落葉を重機でお掃除している。台風シーズン前の恒例の行事である。水路が詰まって災害になると困るので、毎年の行事でもある。
今日の掲示板はこれ。「いのちほど大切なものはないと言いながら 今日もそのいのちを食べている」というもの。いつもお世話になっている赤松先生のお寺の掲示板からである。動物であろうが植物であろうが、どんな生き物であっても、自分の命の限り精いっぱい生き続けたい、そう願って 生きているのだと思うもの。私たち動物は、そんな他の生き物の「いのち」を奪わなければ、一時も生きていくことができない、悲しい宿命を背負った生き物なのである。口先では「命は重い」とか「大切ないのちをだいじにしましょう」とかと言うのだけれど、その口裏で、平然と他の生き物のいのちを奪って食べているのである。食べることを考えることは、命について考えることである。いのちについて考えることは、多くの生き物のいのちを考えることである。
じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。