26日のさぬき市地方は、低気圧や前線の影響で夕方にかけて雨が降っていた。気温は14.0度から17.9度、湿度は76%から92%、風は1mから5mの西の風が少しばかり強かった。明日の27日のさぬき市は、高気圧に覆われて晴れる見込み。
収縮期106mmhg、拡張期57mmhg、脈拍78bpm、体温36.3c/酸素濃度95%/体重64.9Kg 室内気温22.0c/室内湿度49.7%/気圧1005hPa 体調に変化はない。今日の日の出は06:00分、日の入りは18:20分 月齢は23.4の小潮。
今年も、このシジュウガラが雀のお宿にちょっかいを出している。スズメはせっせと草の端っこや糸くずなんぞを拾い集めてくるのだが、このシジュウカラが「おいらも手伝おうか・・」とちょっかいを出すのである。仲がいいのか、縄張り争いなのか、私にはわからんことばかりだ。
さて、この10日余りの日々、私が何をやっていたのかを記録しておくのだが、興味のない人は読み飛ばしてスルーすればいい。実は今年の2月あたりからおなかがどんどんと大きくなってきてズボンが合わなくなり、肌着も合わなくなってしまい、体重だけがぐんぐんと増えていって、64kg台から70Kgあたりまで行ってしまった。当然、おなかを圧迫するから動けないし歩けないし呼吸困難になってしまった。
そこで、利尿剤は目いっぱい出しているし、これ以上はどうしようもないので、最終は、この「ハンプ」という「心不全対策」の薬を注射(点滴)するしか方法がないという。点滴をするためには入院が必要とのことで緊急入院した。一応、入院期間は四週間ということだった。
ということで、点滴台を押しながらトイレに通うこと、日に十数回。とくに夜間は1時間ごとにトイレに向かう。で、最高は3,369cc/1日、通常2,570cc程度の水分を体外に放出した。これが7日間で、17,441cc 約17㍑である。単純計算で、17kgは体重が減る計算だが、実際には5Kg程度の体重減にしかならなかった。
その間に、「腹腔穿刺(ふくくうせんし)」ということで、おなかに穴を開けて、パイプで腹水を抜いた。これが45分程度で1㍑が限度だった。動いてはいけないということだったが、無性にトイレに行きたくなって作業中止になったため。
その結果、悪い病気(例:肝臓ガンなど)は全くなし。原因は心臓の劣化。病状を和らげるには量が足りなかった。※:肝臓ガンや肝硬変から腹水が溜るおそれがあるが、それはなしということで。
ところが、6日目に、ハンプに替る薬として、この「エンレスト200mg」という薬があることに気がついて、即座に点滴中止。以降は、この薬の服用で様子をみることになって、10日足らずで開放・・・ということになって帰宅したという訳。
ちなみに、病室にはノートPCを持って行ったが、wi-fi 接続禁止、病院内撮影禁止、画像のSNS掲載は不可・・・ということで、バイタルサイン記録用だけになってしまった。
だから、病気が完治したとか、健康体になって退院したということではない。一応の危機は脱出したので、あとは自宅で静養するようにとのこと。ま、ぶっちゃけった話、心臓病はなおらん・・ということだ。だから、日々、一日一日をどうやって過ごすのか・・・ということだ。
洋服のサイズというのはメーカーごとに違うようで、入院したときは、「EL」という最高腹囲の病衣を借りたのだが、退院する直前にはそれがずり落ちて、トイレに行くのにもゴムの部分を掴んで歩かねばズボンなんて役に立たなかったほど。入院時に着ていった5Lというズボンは、12cmも大幅に余ってしまって、レジ袋をヒモ代わりにして結んで帰らないとならなかったほどだった。それが腹水を抜いたせいか、尿を大量に排出したせいかは誰も知らないらしい。
で、今日は退院したお祝いで、「海鮮丼玉子かけご飯」を作ろうと、近くのスーパーへそぼ降る雨の中を出掛けたのだが、いかんせん、田舎の小さなスーパーに、そんな気の利いたものは置いていない。「イクラ」がいくら探しても見つからないし、生のエビなんぞは置いてある筈もない。
あの、さんまさんが、「玉子かけご飯は料理じゃない」と言うたらしいけれど、そんなことはあるものかと、今日は、こういうものを探してきた。「ねぎ塩焼きシーフードミックス」というもの。生でも食べられそうだが、フライパンで2~3分調理するらしいのでやってみた。
フライパンで3分ほど強火で調理したものを、炊きたてのご飯の上に並べてみた。
すると、イカもエビもアサリも、硬くならずに「コロコリ」とした、いい歯ごたえのおいしい玉子かけご飯になった。これはこれでいけるじゃないか。
今日の掲示板はこれ。「過去を追うな 未来を願うな 只 今日なすべき事を成せ」というお釈迦様の言葉からである。「過去を追うな。未来を願うな。過去はすでに捨てられた。未来はまだやって来ない。だから現在のことがらを、現在においてよく観察し、揺らぐことなく、動ずることなく、よく見きわめて実践すべし。ただ今日なすべきことを熱心になせ。誰か明日の死のあることを知らん。《釈迦の言葉「一夜賢者経経典より」》とある。必要な方は「一夜賢者経」で調べられたい。ここではすでに何回も紹介している。
じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。