さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、気圧の谷の影響で午後からは雲が広がってきた。気温は13度から21度、湿度は88%から63%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。すっかりと春の陽気になってきた。明日の9日は高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。
今日は香川県立図書館へ本を探しに出かけたのだが、この、高松東警察署で警察官に止められた。「朝から検問か・・・」と、シートベルトや免許証を確認したら、見慣れたお坊さんが何人かいる・・・。
「今日はお釈迦様の誕生日で、キャンペーンをやっております」と、小さな袋をいただいた。
ふーん。町の仏教会が「いのち尊し」ということで、交通安全キャンペーンをやっていると言うのである。
袋の中には「芝桜」が一鉢、入っていた。なるほど、「花まつり」なのか・・・。
当然、こういうチラシも入っていた。朝からお疲れ様でした。
で、9時の開館と同時に入館した。で、借りていた「長尾町史」ほか数冊を返却した。
で、書庫に収められているこの「両墓制と他界観」とか・・
「中世の葬送・墓制」とか「神と霊魂の民俗」とかという民俗学の本を6冊借りて来た。ま、「両墓制」に関するものばかり。なんで、一人のためにお墓を二つも作るのか・・・ということを調べている。
私が初めて、塩飽諸島の「しわく広島」に行った時・・・・
こういうお墓を見て驚いたのである。「なんだ、こ、この墓は・・・」と、思わず、カメラを向けたもの。で、そのあたりには、自然石を置いたものや、普通の石塔墓も向こうには見える。これが「両墓制」との出逢いだった。で、両墓制について調べた膨大な資料も倉庫から出てきた・・・。
そこで、その資料の中から古い写真を探し出してきて、両墓制について撮影した写真を集めて、これを電子化することにした。
この島では、この奇妙な屋根型のものを「ヤネ(屋根)」と呼んでいた。これは寝棺を埋めた上に置いたもの。分類学的には「四十九院」というもの。下部に柱状の板が打ち付けてあるが、これが49枚あるのだ。ここでは、7年経つと、この屋根が腐って砂が落ち着くので、その上に「詣り墓」という石塔墓を建てる。埋め墓が参り墓に変わるというのである。
古い写真の中に、わが家を建てる前の何もない荒れ地に、少しばかり盛り土をした風景が写っている。もう、二十数年昔の写真であった。
今日の掲示板はこれ。「願わなくても花は咲き 願っても花は散る」というもので、町内の善楽寺さんの掲示板から。こんな言葉が、若かりし頃には気にならなかったものだが、生きて生かされ・・・60数年も経てば、こんな掲示板が目に付くようになった。春・夏・秋・冬・・・やれ台風だ、地震だ、晴天だ、木枯らしが吹いてきたぞ、積雪になったな・・・。願わなくても自然は動き続け、綺麗な花をもう少し見ていたいと願っても花は散ってしまう。私たちの「我」や「望み」や「希望」や「思惑」など、何の役にも立ちはしないのだ。
じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。