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Channel: まほろば自然博物館
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霜月も 尽きて枯れ葉の 落ちる音

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 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は7.4度から17.0度、湿度は88%から58%、風は1mから4mの西の風が少しばかり。明日の12月1日は、気圧の谷の影響で曇る見込みなのだとか。

 

 118/64-62 36.4°C-90% 65.5Kg 1021hPa,18°C,55% 今日は奥方がお休みなもので、午前7時前までぐっすりと寝ていた。

 

 ふと思いついて、朝ドラが終わったので少しばかり遠いホームセンターに行ってきた。

 

 時期的に鍋のコーナーである。でも圧倒的に土鍋が多いし、さすがにいろり鍋の需要はないものか、なかなかに見つからない。

 

 でも、少し小さいがそれらしいものが見つかった。

 

 ここも少し遠いが大きなスーパーに立ち寄ってお飲み物の調達もやっておく。メインは鍋料理らしいが、食材などは弟たちが準備するらしい。ま、一応、自分たちの飲み物・食べ物は準備することになっているが、私だけがなにも用意しないというのもおかしなものだから、缶ビールや清酒・焼酎・ウィスキー・ワインくらいは用意しておく。

 

 まぁ、夕方の17時ころからの忘年会らしいので1時間もあればおなかはいっぱいになる。で、19時ころからカラオケ大会になる予定。お酒もそんなには入らないと思う。

 

 帰ってからは、予備の冷蔵庫の電源を入れて飲み物などを冷やしておく。いつもは、食材などが冷蔵庫を占拠していて、ビールが冷えていない・・というクレームがいつもあったが、今回からは宴会時用の冷蔵庫があるので安心だ。

 

 で、買ってきたいろり鍋をかけてみた。少し小さいが、これで料理を食べるわけではないので大丈夫。メインは大きな食卓で食べる。で、予備として、おこたのテーブルでも食べられるようにする。

 

 実は、旧宅には宴会用の大きな囲炉裏がある。ところがこれが実に大きくて重いために移動できずにいるし、これを持ってきても置く場所がない。それが数年前の今頃、浮浪者が住み着いて、この囲炉裏で生活をしていたらしい。その時のおかゆだかなんだかが残っていて、洗うのも気持ちが悪いので、そのあたりのものすべてを捨ててしまったのだ。

 

 その頃の、思い出の一カット。

 

 一方、平成16年10月の23号台風の時、本宅は土石流に流されたのだが、奥方と母親の二人は、この母屋に逃げ込んで、この囲炉裏の明かりと暖房だけで一夜を乗り切った。燃やしたものは宴会用のお箸や割りばしで、あかりは娘の結婚式に使ったメモリアル・キャンドルだったという。文字通り、「いのちの囲炉裏」だったわけである。

 

 それを、この家に持ってきて使っているというわけである。この菅円座は、新築時のお祝いとして、いとこがプレゼントしてくれたものである。そのいとこも、もう亡くなった。

 

 今日の掲示板はこれ。「なんとかなる なるようになる なるようにしかならない 心配するな」というもの。一休和尚が弟子たちに残したとされる遺言が『大丈夫、心配するな、何とかなる』というものだった。トンチで有名な一休禅師のお話。一休禅師が亡くなる直前に弟子たちに、「この先、私が亡くなった後、本当に困り果てた時、これを開けなさい。それまでは絶対に開けてはならない」と巻物を遺して亡くなった。何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になった。弟子たちは、知恵の限りを尽くしたけれど、妙案を思いつかず、どうしようもなくなった。そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、恐る恐る紐解いてみると、その巻物にはこう書かれていた。『大丈夫、心配するな、何とかなる』。 それを見た弟子たちは、あっけにとられ笑い出した。ほどなく、一休禅師がまるで見透かしていたかのように、どうしようもないと思われていた寺の問題は、見事に解決してしまったのだと言う。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


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