さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、寒気や湿った空気の影響で夕方からは曇ってきた。気温は16.0度から18.2度、湿度は70%から56%、風は1mから4mの北北東の風が少しばかり。明日の31日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。
106/61/78 36.2c-97% 62.4Kg 20.1c-55%-1020hPa 体調に変化はない。尿も体重も落ち着いてきた。
先だ先だと思っていたのだが、11月が目の前に迫ってきた。そんなに立派な旅でもないのだが、やはり、それなりに緊張してくる。
今回の旅行ではブログが書けない。そこで、11月の2日から6日までは「予定投稿」になって、あらかじめ書いておいた記事が、時間になると浮かび上がってくるという仕掛けになっている。今は、その記事の最終チェック段階。
最終日の6日には、指宿温泉から鹿児島市内の「仙巌園」という万治元年(1658)に島津家19代光久によって築かれた島津家の別邸を訪れる予定。その、指宿から仙巌園までをどうやって行くのかがわからない。記号は「バス」なのだが、そんなルートのバスがあるものか、チャターバスなのかがクエスチョンマーク。ま、心配せんでも、ちゃんと連れて行ってはくれるのだろうけれど。
で、最後の新幹線、「さくら558号」は、13:34分発。だから、午前中は、その「仙巌園」にいることになる。最後だから時間調整みたいなものか。これに乗れば岡山で戻って、この旅は一応の完結になる。あとは在来線のマリンライナーで高松に戻ってくる。
そういうことで、持って行くリュックザックやら薬袋やらタオルやらを洗濯して干しておいた。そうそう、このマスクなんぞも洗っておいた。
時間になったので、郵便局で私のお小遣いをおろしておいた。その後、今夜の小宴会の準備のお買い物。今晩、下の弟が草刈りに来てくれるので、ミニ壮行会みたいなものだ。
それからはホームセンターを回って、夜間の玄関灯の品定め。
というのも、こうした玄関灯がつけてあるのだが、13年も経てばセンサーが壊れたのか転倒しなくなった。電球は立派なものだから切れたりはしない。
そういうときにも、「帯に短し襷(たすき)に長し」でいいものが見つからない。そこで、簡易に非常用の玄関灯を付けてみた。
入り口にも玄関灯を付けてみた。旅行中の留守番をする夜間灯である。
お昼は温泉玉子入りのおうどんである。別にダイエットをしているわけではないが、最近は控えめである。
で、防災行政無線の電柱の「基礎部分」を見てきた。こういうコンクリートで固めておくらしい。で、明日の土曜日にはほぼ工事が終わるらしい。
今日の掲示板はこれ。「眠られない人には夜が長いように 正しい教えを知らない人にはまよいが長い」というもの。
(前略)
弓矢を作る人が、矢を削ってまっすぐにするように、賢い人は、その心を正しくする。
心は抑え難く、軽くたち騒いでととのえ難い。この心をととのえてこそ、安らかさが得られる。花の香りは、風に逆らっては流れない。しかし、善い人の香りは、風に逆らって世に流れる。眠られない人に夜は長く、疲れた者に道は遠い。正しい教えを知らない人に、その迷いは長い。愚かにして愚かさを知るのは、愚かにして賢いと思うよりまさっている。愚かな人は常に名誉と利益とに苦しむ。上席を得たい、権利を得たい、利益を得たいと、常にこの欲のために苦しむ。大工が木をまっすぐにし、弓師が矢を矯(た)め直し、溝(みぞ)つくりが水を導くように、賢い人は心をととのえ導く。堅い岩が風に揺るがないように、賢い人はそしられてもほめられても心を動かさない。おのれに勝つのは、戦場で千万の敵に勝つよりもすぐれた勝利である。正しい教えを知らないで、百年生きるよりも、正しい教えを聞いて、一日生きる方がはるかにすぐれている。(後略)
仏陀の言葉 (仏教伝道協会編『仏教聖典』より)
じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。