さぬき市地方は、南から暖かく湿った空気が流れ込み、雨や雷雨となっていて、一日中、振ったりやんだりを続けていた。気温は25度から29度、湿度は84%から70%。風は3mから6mの南東の風。明日の4日は、引き続き南から暖かく湿った空気が流れ込むため雨が降りやすく雷を伴う所がある見込みなんだとか。
総務省消防庁は3日、午前11時時点の台風12号の被害状況を発表した。鹿児島県で4人が負傷し、このうち1人が重傷。建物の一部損壊が15棟に上っている。床上浸水は徳島県で15棟、高知県で10棟。床下浸水は徳島県で127棟、高知県で124棟、鹿児島県で1棟という。避難指示や避難勧告は徳島、高知、宮崎3県で計約22万4千世帯・約49万5千人に達している。すごい状況になっているなぁと驚いているが、香川県東部の雨はたいしたことなく、梅雨時と同じようなもの。
普段にはテレビなんぞ見ないのだが、昨夜は奥方も居ないのでのんびりとしてテレビを見ていた。少し前にも見たような気がするのだが、話もストーリーも忘れてしまっていたように思う。
おかげで朝は7時前まで寝てしまっていた。ま、雨がしとしとと降っているのだから、早くに起きても致し方ない。小降りになったのを確かめて、迷犬ごんの散歩、空き缶の片づけ、生ゴミの処理なんぞをやっておいた。
午前中、娘婿のかねちんと孫のはやて君、なぎちゃんの三人がやってきた。むすめは福岡へ同級会というか女子会に出掛けているのだという。
で、みんなで、さぬき市造田宮西にある「溜(たまり)うどん」にみんなで行った。日曜日だと言っても、それぞれにご用があって、忙しいらしい。最近は、奥方のけいこばぁはここがお気に入りみたいだ。
で、私はお決まりの「たまりうどん」の小の冷やをお願いした。たぶん、350円だろうと思う。梅干し入り山かけうどん削り節化粧付き・・・みたいなおうどん。で、出汁醤油を掛け回して食べるもの。
元醤油醸造所を古民家うどん店に改造している。そんなにお安くはないが、場所がいいのか、いつも大勢の人が並んで待っている。ここで「かねちか一家」とはお別れ。今日、かねちかパパは大阪へ戻り、明日からかねちかママとなぎちゃんは神戸に出掛けるので、けいこばぁがお泊まりに屋島に向かう。一人残ったはやて君のお世話係だという。私一人が残される・・・。あ〜あ〜。
午後、台風情報でも見ようかとテレビをつけると・・・見慣れた方が映っている。あれあれ、みな子さんだ・・・。
ああ、先週の7月26日放送のフジテレビの「チャンネルΣ」の再放送だ・・・。先週土曜日の朝・だとは聞いてはいたが、先週は高知へバス旅行に行っていたもので見られなかったのだ。今日はBS・フジテレビでの放送だった。
「幕末高校生」という映画のPR番組みたいなことだったと思うのだけれど。たまにはテレビも見てみるもんだ。我が家は新聞をとっていないものだから、番組表がないので、どんな番組があるのかわからず、ほとんどテレビを見ることがない。ケチだから新聞を読まないのではない。ネット情報で世の中のうごきは見られるものだから・・・という節約型言い訳。
テレビの情報では四国は大雨や土砂災害に警戒するようにと盛んに放送しているらしくて、あちらこちらから電話やメールを頂くのだけれど、我が家あたりは、ちょうどいいお湿り状態。隣の津田川の水位もそんなには上がっていない。ダムの水位が回復する程度か、それ以下くらいなものかも。ダムからの放流はまだない。
今日の掲示板はこれ。「顔がたくさんあるように心もいろいろやそれでいいんや」という原田大助くんのことばから。原田大助くんは 「大ちゃん」 と呼ばれる男の子。6年生の時、大阪の養護学校から石川県の養護学校に転校した。現在は成人されているだろうが、彼が中学部になった頃から詩を書くようになった。それは転校した養護学校で、すてきな先生との出逢いがあったことで、彼の才能が開花したのだと聞いた。
山元加津子先生は大ちゃんと仲良くなりたいと思ったのになかなかこころを開いてもらえなかった。でも、山元先生はあきらめないで、大ちゃんに話しかけ続けた。やがて大ちゃんは「山元せんせい」と呼ぶようになり、「やまもっちゃん」と呼んで何でも話してくれるようになった。そんな先生と生徒とのすてきな時間を大ちゃんは詩で綴っているのだ。こころを見失ったとき、大ちゃんの言葉にハッと我に返る人が多い。原田大助君の詩に錆び付いていたこころがピカピカになったみたいだという人が多くなった。
じゃぁ、また、明日、会えるといいね。