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菊花展 我慢がまんの 日が過ぎる

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 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は今季最低の7度から17度、湿度は70%から54%、風は2mから3mの北北東の風が少し。秋らしいというか初冬らしい気候になった。明日の5日は、引き続き高気圧に覆われて、概ね晴れる見込みらしい。

 

 左目の白内障の進化が早い。まるきり左目の視力はない。だから右目も疲れてきているみたい。このままでは自動車には乗れそうにない。

 

 ということで、歩いて2Kmほどの所にある「みろく自然公園」までウォーキングしてみた。パソコン画面も見づらくなったし、読書はさっぱり読む気がしない。テレビもおもしろくない、ラジオもマンネリ気味。歩いてみようか・・・と歩き出したけれど。

 

 昨日の大窪寺のガイドはコースを4周、事前に紅葉見物ほかでも歩いていたので、やや足の筋肉がお疲れ気味。ここまで来るのに40分もかかってしまった。のろのろペース。

 

 こちらがわは「厚物」がずらりと。やっぱり菊というと、これかな。

 

 菊花展というのは、たいてい、11月の15日あたりまで。ここの菊もややお疲れ気味。

 

 ここも「管物」が多い。最近はこういうのが好まれるんだろうか。

 

 小菊の「梵天」も味わいがある。菊の手入れも大変らしい。

 

 近くにある「手打ちうどん・まるたけ」さんで昼前うどん。朝からでもお客さんが多い。

 

 恒例の「わかめうどん小」で280円だったか。別にわかめを食べて髪を黒くふさふさにしたい訳ではないが、なんとなく、ついつい、わかめうどんを注文してしまう。

 

 地図が悪いが、このみろく池を一周してきた。すると、大勢の人がこの公園をウォーキングしたり、ランニングしたり、散歩をしてはる。みなさん、元気なことだ。

 

 ここでも紅葉はまだまだ。先っぽのあたりが色づいている程度。多くは緑色の葉っぱばっかし。

 

 さすがに昨日の今日はパワーがでない。休み休みのウォーキングだから少しも身体には影響しない。

 

 この時期になると、これだけ歩いても汗が流れるようなことにはならない。少しずつ、少しずつ、冬は近づいて来ている予感がする今日このごろ・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「世の中の大事なことって たいてい面倒くさい」という宮崎駿さんの言葉から。

 「面倒くさいっていう自分の気持ちとの戦いなんだよ。何が面倒くさいって究極に面倒くさいよね。『面倒くさかったらやめれば?』『うるせえな』ってことになる。世の中の大事なことって、たいてい面倒くさいんだよ。面倒くさくないとこで生きていると面倒くさいのはうらやましいなと思うんです」 

 クリエイティブ、イノベーションなど、社会に新しい価値観を示すものは、「面倒くさいこと」の積み重ねの末に生まれ出るものではないだろうか。今の日本の社会のように「面倒くさいこと」を排除、遠ざけてばかりしている限りは、きっと、社会は良い方向に向かうことはできない。そして、「大事なこと」をも失ってしまいそうな気がする。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


一日が あっという間だ ススキの穂

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 さぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていたのだが、太平洋側を中心に湿った空気の影響で雲の広がっている所があった。気温は10度から18度、湿度は82%から60%、風は1mから2mの北の風が少し。明日の6日は、気圧の谷や寒気の影響で雲が広がりやすい見込みらしい。

 

 今日は県立病院の「予約診察日」。月に一度の定期診察日で、薬の処方をしてもらう日でもある。先日の内視鏡の検査結果を見てもらう日でもある。

 

 朝は気持ちの良い、少しばかり肌寒いような朝でもあったが、車の通らない山道を選んでここまでやってきたので30分ばかりもかかって、ジャスト9時に病院に入った。

 

 今日は検体検査、つまり採血検査の人が多かったみたいで、10時前になって、ようやく採血が終わった。その後、この内科の受付をすませて、担当のドクターの診察を受けたのは10時15分。予定通りといえば予定通りだが、血液検査にはおよそ1時間を要するので、今日の採決の結果は来月の参考になる。来月にも採血があるが、それは再来月の参考か。それで意味があるんだろうか。

 

 食道にカビが生えているが異常はないとのこと。血液をさらさらにする「プラザキサ」という薬のカプセルの破片が食道に残っているので、薬の変更になった。ま、異常はないというのだが、食道や胃に何かが引っかかっているような違和感は残ったまんま。

 

 もう、左目は完全に見えなくなったので、経験と勘とで運転するしかないので、山道を選んでゆっくりと走る。途中のお寺の紅葉をながめたり、お寺の掲示板を撮影したりしながら。

 

 午後からは雲が広がってきて薄暗くなってきた。今夜の十三夜の月は見られそうにもない。今年は9月が2回あって、10月の23日が旧暦9月30日で、24日が閏9月の1日になったんだそうだ。こんな話、今までに聞いたことがなかった。それに、11月の21日が9月の29日で翌日の22日は10月の1日になるらしい。9月30日はどこに消えたんじゃろうか。

 

 んで、お薬がどっさり。4週間分の28日分で9,779円。病院代が3,800円。医療費はばかにならない。奇数月は年金が入らないから・・・。

 

 今日は質素にあっさりと暖かいおそうめん。大きな声では言えないけれど、缶ビール付き・・・。

 

 わが家近くの県道の防災工事。だいぶ、工事が進んだが、今年中には終わりそうにない。食後は集落内一周の1時間コースの散歩に出た。連休中も連休後もしっかりと歩いたのに、今日の体重が66Kg・・・。4Kgも増えているのはなんでやろ・・・。そんなに食べた訳でも飲み過ぎた訳でもないのだが。

 

 曇ってくると日差しがなくなって気温がぐんと冷え込んだような気がする。

 

 散歩途中で見つけたつわぶきの花。こんなところにもあったのか。

 

 これまで、カメラのファインダーは左目で見てカメラを操作していたのだが、左目が見えなくなってくると、カメラのオート・フォーカスにお任せして、シャッターだけ押していたのだが、それでは皆目、何を写そうとしたのかわからない。これは困ったぞと思ったが、見える右目でファインダーをのぞいたら、こちらははっきり、くっきりと目標物が見える。こんな小さな発見でもありがたいなぁと思ったりする。

 

 いつもの「正行寺さん」の掲示板。「私の口から出たグチや悪口を一番近くで聴いているのは私の耳である」というもの。グチや悪口を言うのはやめようよ。あなたの愚痴を一番近くで聴いているのは自分の耳だから。同じ口にするのなら「おかげさま」「ありがとう」の言葉にしよう。なによりいちばん近くで聴いている自分が幸せになれるんだから。 

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

足早に 晩秋が来る 風も来る

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 さぬき市地方は気圧の谷や湿った空気の影響で雲が広がり、雨の降っている所があった。気温は14度から19度、湿度は88%から67%。風は2mから3mの北西の風が少し。明日の7日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みとか。

 

 目覚めると雨だった。雨だろうと雪だろうと晴れだろうと、私の生活に問題はないのだが、雨の朝はなんとなく憂鬱な気分にはなる。「あ!雨だ、うれしいなぁ・・」などとも喜べない。

  

 昨夜はミラクル・ムーンだとか言われたけれど、山の中の一軒家からは雲が多くて、きれいな月は見えなかった。

 

 明日が講演会だというので、今日は最終チェックの日。でも、気分的には乗らない朝・・・。

 

 プロジェクターを接続して壁面に映像を映してみたり、

 

 配布用資料を印刷したりとやっていたら、「用紙切れアラーム」とか「トナー切れアラーム」とか・・・。こんな日に、そんなエラーは欲しくない。

 

 仕方がないから、隣町まで山道経由で行って来た。山道は道路の真ん中を堂々と走ればいい。対向車がもしも来たならば少しばかり緊張するけれど。

 

 トナーを交換して、用紙を補給して、ようやくに資料の印刷ができあがった。あんまり早くに用意しても緊張感が薄れるし・・・。

 

 できることから、コツコツと・・・。

 

 親戚のおばさんが差し入れしてくれた「烏骨鶏のたまご」で、今日のお昼は「たまごかけごはん」。少しばかり元気が出たかな。

 

 食後は恒例の集落内一周の1時間コースの散歩。昨日、病院で体重を量ったら66Kgもあったけれど、わが家の体重計では64.2Kgしかない。あの体重計はいつも多めに出るように思えてならない。

 

 いよいよ、明日は暦の上では「立冬」にあたる。まだまだ、カレンダー上では秋なんだけれど。とりあえず、明日の講演会と、11月末の本山報恩講、所属寺院の報恩講が構えている。それが終わればやれやれの師走に入る。

 

 今日の掲示板はこれ。「自分自身すら自分の思うようにはならない。まして他人を自分の思うようにしようなんて無理な注文である」というもの。誰の言葉かはわからないが、この私、自分自身すら思うようにならないのだから、全くの他人さまをどうこうしようなんて、はなから無理な注文である。でも、そうしたがるのが、この私ではあるまいか。後頭部を殴られたような衝撃的な言葉ではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

立冬に お役目済んで 日が暮れる

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 さぬき市地方は寒気の影響で雲の広がっている所もあったようだが、高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は13度から18度、湿度は71%から50%。風は1mから3mの北西の風が少しばかり。明日の8日は、気圧の谷や湿った空気の影響で朝から雲が広がる見込みらしい。

 

 さて、恒例の朝の散歩。毎日ながめていると風景はさほど代わり映えがしないと思うが、静かに静かに自然は移ろいを見せている。これは自然薯の葉っぱと、その実のむかご。若い頃には、この根っ子を探して掘って、自然薯を彫り上げたものだが、今はそんな元気はとっくにない。

 

 1時間ほどの散歩を済ませると、今日の講演会の最終チェック。パワーポイントを使っての、香川県内にある「二十四輩さん」の紹介とか由来とか特徴とかのお話。讃岐には、実に44カ所もの巡拝地がある。一か所を1分でお話しても44分間もかかってしまう。

 

 会場はここ。高松市御坊町にある「高松興正寺別院」。さすがにすらすらと出るようになった。なぜだか、「興正寺高松別院」と書いてしまって、いろんな人から叱られた。高松別院・高松別院と呼んでいるから、興正寺高松別院だな・・と思って居たのだが。ま、そんなに頭から湯気をたてて怒るようなことでもないと思うのだが・・・。

 

 ところが、ご案内の通り、ここ最近、左目の白内障が急激に進化してきて。左目は全く見えなくなった。右目は健全に見えて居るが、左目をかばうためか、こちらも視力が落ちてきた。奥方はお仕事で朝早くから出かけて行った。どうすべぇえか。

 

 そこで、私のブログのファンである「にゃんさん」に運転代行をお願いすることになった。ところが、この人、「オートマチック車の運転はしたことがない」とか、「高松は遠いので、高速を走らせて欲しい・・」とかいう。初めてのオートマチック車で高速を走って大丈夫なんかい・・・。

 

 それはそれは、生きた心地がしなかった30分間。なんとか、興正寺別院にたどりついた。冷や汗まみれになっていた。それからは会場設営をやったりして、13時までには準備完了。研修会は13時半から・・・。

 

 この方が、坊守会の会長さん。浄土真宗では、江戸時代から妻帯が認められていたので、住職の奥さんのことを「坊守」と呼ぶ。浄土真宗においては、「坊守」は寺の機能の重要な役割を果たしており、門徒の女性たちの指導者の役割を果たしたり、門徒の悩み事などを聞く役割を担っている。ちなみに真言宗では「だいこくさん」というのだと聞いたことがある。

 (参考画像)

 坊守会の研修の一環として、今回の「讃岐における二十四輩さん」ということで講演を依頼されたもの。

 

 というような学術的なことから、

 

 というような実例をあげての現地紹介などを約1時間。

 

 無事に、講演は終わり、パソコンなどの資材を片付けて、15時前には別院を出た。その後、にゃんさんの運転で高松自動車道・高松中央インターに乗った。帰りは慣れたものか冷や汗は出なかった。わが家に帰り着いたのは15時半だった。

 

 これで、お役目を一つ終えた。お次は今月末の京都本山での「報恩講の代表出勤」。これは高速バスで行くので問題はない筈。帰ってすぐに、所属寺院の報恩講。続いて、愛媛県へのバスツアー。これが終わればお仕事もお遊びの予定はない。

 

 そして、12月11日の白内障のオペを待つばかり・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。運転をお願いした「にゃんさん」と話した言葉。「生きたくても死なねばならぬ 死にたくても生きねばならぬ」という重ぉぉぉい言葉。あんまり多くを語りますまい。じっくりと味わってみたい言葉である。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

もみじ散る 狛犬談義の 寺の朝

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 さぬき市地方は気圧の谷や湿った空気の影響で雲が広がっていた。気温は10度から16度、湿度は80%から50%、風は1mから2mの北北西の風が少し。明日の9日は、前線を伴った低気圧が四国の南海上を通過するため、雨が降るらしい。

 

 「引き籠もっていては病にとりつかれる」というような話を聞いたので、それもそうだな・・ということで、山道経由で紅葉の名所となっている「大窪寺」に行ってきた。先週の今週だから・・と期待をしたのだけれど、なかなかに今年の紅葉はしぶといぞ。

 

 ま、今日は曇っているので紅葉の赤が輝いていない。

 

 この人は完全武装・・・。左脇の白い筒のようなものは「望遠用の交換レンズ」で足元からがっちりと固めている。

 

 紅葉を見つめる目も真剣そのもの。

 

 ときおり、雲間から漏れる光線で輝くもみじたち。一斉にシャッター音が連続する。

 

 今日は土曜日のせいかおへんろさんも多い。関東からのおへんろさんの声も聞こえた。とある家族連れのおへんろさんの会話・・・。

 「狛犬はどうして、口を開けたのと閉じたのがいるんだろうか・・」
 (・・・・・・・)家族達は無言。
 「どうして質問に答えないんだ・・」
 (お父さんの声にはイライラするの・・・)
 「そうだったのか・・・」お父さんは寂しくとぼとぼと家族から離れて歩く。

 

 「おじさんね、『あうんの呼吸』って知ってるでしょ。「阿」はものごとの最初で、「吽」はものごとの最後という意味で、宇宙の始まりと宇宙の終わりとか、真実と智慧とかを表すんですよ。そういうことから「対」ということで、狛犬や仁王像なんかでは「阿形」と「吽形」と、ペアで安置したり設置しとるんですよ・・・」と余計なお世話。さすが「おへんろ観光アテンダント」。

 

 おとうさん、車の中で自慢そうに、この話をするんだろうな。すると・・「おとうさんの声、イライラするの」と叱られるのかも。おとうさんはかわいそうだ。

 

 今日は土曜日ということで一般の方のお参りも多い。お、今日から十二日まではご本尊の「秘仏開帳」だな。もう、四回も拝観させてもらったから、さすがに五回目は遠慮しておく。

 

 境内のイチョウの木は、そろそろ終盤に入ってきた様子。はらりはらりと落ち葉が舞い落ちて、それを子ども達や娘さんたちがにぎやかに拾っている。

 

 このお二人は外国人の娘さんだった。「おはようございます」と声を掛けたら、「おはようございます」ときれいな日本語が帰って来た。目はブルーだった。

 

 人が多くなりだしたので、早々に退散することにした。

 

 茶店の裏で、ジャパン・ポストの職員が年賀状を販売している。人出が予想される場所には、こうした人たちが寄ってくる。私たちも「テレホン・カード」の販売にかり出されたことがある。今でもテレホン・カードってあるんだろうか。とんと売り場を見かけないのだけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。「一年前の悩み事、言える人、いますか?」というもの。正確には、「このなかで、一年前の悩み事、いえる人いますか?いたら手を挙げてみて。いないでしょ。二年前の悩み事いえる人いますか?いないでしょ。」というもの。銀座まるかん創業者の斎藤一人さんの言葉から。なぜ、いえないのか。悩みを解決した訳でも、悩みを乗り越えたわけでもないのに、なぜ、言えないのか。その悩みは勝手に消えてしまったからなのだ。悩みは解決しなくてもいいのだそうだ。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

しぐれては 片づけ終えて 日が暮れる

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 さぬき市地方は、九州の南にある前線を伴った低気圧の影響で雲が広がり、雨が降っている。気温は13度から16度、湿度は84%から94%、風は2mから1mの北の風が少しばかり。明日の10日は、寒気の影響で雲が広がりやすいが午後からは晴れそうとういう見込み。

 

 今日はさぬき市寒川町にある「寒川農村環境改善センター」での講演会があって、そのお手伝いの日。

 

 制服に着替えて、会場準備のために午前8時に現場トーチャコ。

 

 テーブルを並べ、イスを運んで並べていく。みなさん、手慣れたものだ。

 

 こうして100人分の席が用意できた。

 

 今日は「弘法大師信仰と四国遍路」講座の第二回目で、「四国遍路とそれを支えた文化」ということで、徳島・鳴門教育大学副学長、大石雅章先生の講義。

 

 第一回講義は9月中旬にあった。

 

 空海と名乗る前、教海とか無空とかと名乗った時代に四国で修行したことが記録には残る。阿波の大滝岳とか室戸岬などであった。その後、西行や一遍などが四国で修行し、その後も多くの山伏や修行僧が海辺をたどる「四国辺地(へじ:へち)」「辺路(へじ)」が流行した。その時代に宿も茶店もないのだから、彼らはどうして生きて行けたのか。

 

 そこには「行乞(ぎょうこつ)」とか「乞食(こつじき)」と呼ばれる「修行」があった。門付けして幾ばくかの喜捨をいただく行為であった。それがやがての「おせったい」になったのではないかと先生は言う。

 

 四国の遍路がどうして始まったのかという話は前回でも聞いたが、今回新しく紹介されたのが、「後藤家文書」で、行き倒れ辺路の処理や病気辺路への対応などを記した庄屋さんの記録である。

 

 そこにはライ病辺路でも往来手形を持っていると、普通の人と同じような扱いを受けられたとか、往来手形を盗まれた辺路にも辺路としての対応がされたが、往来手形のない者は「乞食体」としてうち捨てられた・・・というものであった。こういう文書は迫力があった。

 

 最初と最後は最近のお接待のお話になったが、「お接待」というのは、物やおかねを施すことではなくて、自分の身代わりとしてのおへんろさんにお願いする行為、お大師さまへの供物であり、与えて見返りを求めない行為、与えっぱなしでいて、こころが豊かになる行為・・・などと言われて、二百年以上も続く文化なのである。

 

 お接待を通して、人間と人間のこころの交流があるのだと、大石先生は結んだ。

 

 9時半から11時半までの2時間の講義にみなさんはうなずかれたりメモを取ったりとしていた。

 

 講義が終われば、会場の片づけ。こういうのが私たちのお役目。講義を聞くのは役得みたいなものか。10分ほどですっかりと片付いてしまって解散。12時前には自宅に戻ってきた。

 

 今日の掲示板はこれ。「高い山ほど裾野が広い」というもの。子どもの頃、砂場で山をつくったとき、高い山をつくるには、裾野を広くする必要があることをだれでもが経験したのではないだろうか。脳科学者の池谷裕二さんは、『ゆらぐ脳』の中で、「研究を積み上げるには裾野を広げることが大切。どれだけ、同部門のサイエンティストと異なる分野の刺激を受けているかが、研究成果の分岐点になる」と書いている。一般的には「視野が広い」とか「引き出しが多い」とか「ポケットが多い」とかと言われることもある。今日の大石先生の講義を受けてきて、「高い山ほどすそ野が広いなぁ」と感じたことだった。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

ザクロの実 憂き世の欲を 考える

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 さぬき市地方は、朝方は小雨が降っており、気圧の谷や寒気の影響で瀬戸内側を中心に雲が広がっていた。気温は15度から17度、湿度は86%から55%、風は3mから2mの北北西の風が少し。明日の11日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 雨の月曜日というのは気分的に落ち込みがちになる。このままでは出かけることもできないし、取り立てて行きたい場所もないし・・・ということで、今日はデスクワークに打ち込むことにした。かと言って、難しいことはやりたくない。

 

 ということで、久々に名刺を作ることにした。ところが、アプリケーションが入っていない。仕方がないので、本箱をガサゴソとやって、アプリ用のCDを探し出してインストール。完了したので再立ち上げが始まると・・・またも、あの、CDをセットせよというメッセージが・・・。

 

 で、またも本棚をガサゴソと探して「修復CD」というものを見つけ出して、システムの修復作業・・・。その後、ようやくに作業にかかったら・・・名刺用紙が古くて印刷がずれてしまう。覚悟を決めて、山道をおそるおそる走って・・・。

 

 量販店で印刷用紙ほかを購入して戻ってみれば、昨日のさぬき市の文化祭の片付けが早く終わったからと奥方がいる・・・。せっかく「ラ王」袋麺を買ってきたのに食べられない・・・。今日は奥方の作ったカレーうどんになってしまった。

 

 奥方は午後のお仕事に出かけて行った。夕方までは戻らない。

 

 幾つかのパターンで名刺を作ってみたが、どれもこれもしっくりと来ない。少し前に作ったパターンが見つからないのだ。

 

 これは裏側で、オモテはこちら。

 

 今月末にはバスツアーがあるので、その時用・・・。

 

 わが家近くの防災工事現場。岩盤が硬いようで、ガツンガツンという大きな音が響いてくる。岩盤を砕きながら作業をしているみたい。その音も少しはストレスになってくる。

 

 さて、昨日の講演会の席で、一緒にバスツアーをしている大先達さんが、私の作ったこの本が欲しいとおっしゃる。なんでも、今度は教育委員会へ持ち込むのだそうだ。

 

 ところが、これを五部ずつ印刷すると、インクが切れただのインクを交換しろだの、用紙切れだの用紙が詰まっただのとうるさいことだ。一部、千円でもいいと向こうさんはおっしゃるが、本当に千円をいただきたいものだ。結局、インクを六色とも交換したので六千円に用紙代が千円ほどの出費。

 

 午後からは空が明るくなって晴れ間が広がってきた。今からでは恒例の散歩に行く時間はない。干した傘の片付け、洗濯物の取り込み、お風呂の掃除に、迷犬ごんの散歩・・・。夕方は忙しいのだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「名刺の肩書きはほんとうの自分ではない ほとけさまやかんのんさまは人間のような名刺は持っていない」という「相田みつを」さんの言葉から。今日、名刺を作ったばかりの私には耳の痛いことばなのだが、所詮、この娑婆では名刺がないと面倒でいけない。阿弥陀さんやお釈迦さんのように唯一のものならば名刺もいらないだろうが、メルアドとかURLとか、この世ではこれがないとつながっていけないのだ。お浄土にまでは名刺を持って行こうとは思わないのだけれど。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

行く宛ても ない明日がある 秋の暮れ

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 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたのだが、夕方からは気圧の谷や湿った空気の影響で雲が広がってきた。気温は10度から17度、湿度は80%から60%、風は1mから3mの南南西の風が少し。明日の12日は、気圧の谷や寒気の影響で雲が広がりやすい見込みなんだとか。

 

 天気がいいのだけれど、やりかけた仕事は片づけておきたいし・・・ということで、昨日に続いて冊子造り。昨日は5部を作ったのだけれど、10部という注文だったし・・ということで、とりあえず3部をやっつけておこうと思ったのが失敗だった。

 

 この原本はパワーポイントの描画機能を使っての冊子になっているのだが、とにかく、インクジェットのインクを多量に使う。機械が壊れたのではいのかと思うほどにインクを呑む。

 

 こういうカラフルなものだから、今日も「シアンが無くなった」「マゼンダが無くなった」のメッセージばかり。在庫を使ってしまったものだから、仕方なく、今日も量販店へ走って行ってインクを買ってきた。

 

 それでも、「黄色が無くなった」というので、ギブアップ。もう、今日は電気屋さんには行きたくない。インクばかりを買ってもいられない。

 

 パワーポイントは途中でデザインを変えられない。だから、「青のページ」「オレンジのページ」「グリーンのページ」などと,今回の場合、四色のデザインになっている。それを交互にというか適当に組み合わせて、それを貼り付けてページを作っている。両面印刷なんて高尚な技は使えない・・・。

 

 だから印刷されていない白色のページを貼り合わせて色ページが見えるように貼り合わせて製本して・・・ようやく8部ができあがったが、なにせ、右目だけでの作業だからうまくはいかない。うっかりと、へこさか(逆)に綴じてしまって納品できないものも出て来る。ま、今回は最低の製本になって、こんなものではお代はいただけない。今回の単価は1,625円にもなった。もう、この冊子の増刷はお断り。

 

 気分を入れ替えようと、恒例の集落内一周の散歩に出た。ふと、見ると、道路の真ん中に見慣れぬものが・・・。

 

 「これは何かと近寄れば・・・」柑橘類だが、見たことのない物。きっと、このご近所さんのお庭に植えてあるものなんだろう。それをおさるがかじって、酸っぱいから捨てたんだろ。

 

 角を曲がればいるいるいる・・・。我が物顔で、人間様を恐れない。むしろにらみ返すのだからたまらない。向こうさんは鋭い爪や大きな牙を持っている。こちらには武器になるような物はないもない。そろりそろりとすりぬけるしかない。

 

 このもみじは紅葉して赤くなった訳ではない。こういう種類らしく、春先からこんな色をしている。でも、最近の赤さは深みが加わったみたい。

 

 これはつつじなんだが、日当たりのいい場所ではよく見かけるもの。毎年毎年、この時期になると咲いている。車に乗れないとなると、歩くことが一番。自転車でも危ないだろうし。そうなると、こうしたものがよく見える。オペはまだ一ヶ月も先だ。

 

 おとなりさんちの「皇帝ダリア」。我が家の物は枯れてしまった。青空には映える花なんだけれど、あんまり高くてよく見えない。

 

 今日の掲示板はこれ。「生きるとは呼吸することではない。行動することだ。」というジャン=ジャック・ルソーの言葉から。ただただ日々を無駄に過ごしていることは、意味がない。意味が無いということはその一日を生きた意味が無いとも言える。そんな日々を、明日も明後日も、まだまだ積み重ねるのかどうか。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


緋の紅葉 明日の希望が 見えて来ぬ

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 さぬき市地方は気圧の谷の影響で薄雲が広がっていた。気温は12度から20度、湿度は80%から57%、風は1mから5mの西の風が一時、強く吹いた。明日の13日は、寒気の影響で雲が広がりやすい見込みらしい。

 

 昨日、けいこばぁがお友達から渋柿を頂いてきた。それをそのままにして寝てしまった。私もどうでも良かったのだが、テレビがつまらなかったもので、次の番組までの間の暇つぶしにと柿を剥いてみた。すると体が覚えているのか指が覚えているものか、スラスラと剥けた。

 

 この柿は枝がないために干し柿にはならないということでくれた物だが、けいこばぁはこんなものに入れて干すことにした。ま、工夫をすれば糸でもかけて干せるのだが、それではおさるに食べられてしまう。

  

 こうしておけばおさるさんも手が出ない。たくさん、剥いたと思ったけれど、こうしてみればこんなに少ないのか。これで乾燥すればもっと小さくなってしまう・・・。

 

 さて、我が家の菜園では猿害で野菜は作れないからと、木田郡三木町の弟の畑を借りることになったらしい。そこまでして野菜を作らなくてもいいと思うのだが、奥方には奥方の事情があるらしい。で、私に「ここを耕しておいて」と言い残して、奥方はピアノのレッスンに向かった。

 

 11時過ぎにピアノのレッスンが終わって一仕事してから、近くのおうどん屋さんでお昼を食べる事にした。もちろん、奥方の運転であることは言うまでもない。

 

 で、木田郡三木町下高岡にある「手織りうどん・滝音」というプチセルフのお店に入った。時間が12時少し前だったもので長蛇の列が。それでもこうしたうどん屋さんの回転は速い。のろのろのろ・・・と移動してそんなに待つこともなくおうどんが食べられた。

 

 今日もなぜだか、「わかめうどん小の熱いん」で330円。別に髪を黒くしたり、ふさふさにしたい訳ではない。12時を過ぎるとそれこその長蛇の列ができていた。

 

 お昼からはレタスの植え付けやえんどうの植え付けなど。

 

 こうした、ミニ・耕耘機を使うのだが、こんなものじゃダメだと、弟んちのトラクターを借りようとしたら、狭い納屋にピチピチに入っている・・・。これを右目だけの私が運転・操縦したら、納屋全体を壊してしまって、お庭から石垣からを壊してしまいそう・・・。すごすごと引き下がったのは言うまでもない。

 

 あとは奥方にお任せをして今日の作業を終えた。15時過ぎだった。あとは迷犬ごんの散歩やお風呂の準備ほかで日が暮れた。

 

 今日の掲示板はこれ。「一人よがりの生き方は広い世間を狭くする」というもの。昨日のことだが、「県立病院で処方された薬がようやくに入荷したのでお届けします」と、町内の薬局から電話があった。「もう、一週間も経っているので要りません」と言うと、「それでは困ります。処方されたものをお届けするのがお仕事ですから」とかなんとか。インクが切れただの用紙がなくなっただのと取り込み中に何度も電話が掛かる。「電話番号をどうやって調べたのですか!」と要らぬ事で言い争いになって・・・。結局、取引をやめる羽目に・・・。「広い世間を狭くしたなぁ・・・」と思ったことだった。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

さざんかに 明日の望みを 聞いてみる

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 さぬき市地方は冬型の気圧配置となっているため、瀬戸内側を中心に雲が広がり、雨の降っている所があった。気温は朝から夕方までずっと11度台。夕方からは8度から6度あたりまで下がるらしい。湿度は62%から54%、風は4mから6mの西北西の風が強かった。まだ、木枯らし1号には早いのかもしれないが、木枯らしを思わせるような風が電線をうならせていた。明日の14日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みとか。

 

 奥方が若い頃に勤めていた東かがわ市にある歯医者さんのお父さんが塩飽本島(ほんじま)の小坂の出身だということで、別荘を建てるときに小坂あたりも歩いたことがあった。当時は「よそ者には土地は売らない」ということで諦めた経緯があった。で、お隣の「しわく広島」で土地を見つけて別荘を建てた。

 

 あれから40年・・・(苦笑)、小坂にも何度か行ったことがあるが、その先生のことは忘れてしまっていた。ところが、その先生からこんな冊子が送られてきた。

 

 この本を書いた、福崎孫三郎さんという方が、その歯医者さんのおじいさんになるらしい。で、この本は国立国会図書館にあったものを、小坂の中西さんという人がコピーしてきたものの複製らしい。小坂の中西さんて、あの、中西さんらしい。ここには「小坂騒動」の顛末が詳しく書かれている。おそらく当事者が書いた唯一の記録らしい。

 https://www.shikoku-np.co.jp/feature/shimabito/1/12/

 

 明治維新にからむ人名(にんみょう)制度の崩壊とその争いの悲しい事件であった。人名たちはなくなった人名制度を守ろうとし、小坂の人たちはなくなった人名制度をよこせ・・・と争ったのであった。

 

 それはさておき、先日に依頼のあった「さぬきの偉人 十二人の先人を巡る」が完成したのでお届けに行ったのだが、相変わらずの不在。郵便受けには大きすぎて入らない。仕方がないので持ち帰りになった。お忙しいお先達さんである。

 

 朝方はこんないい天気だからと久々にお布団を干したら、やがて雲が出てきてどんよりとして冷たい一日になったので、慌ててお布団を取り込んだ・・・。

 

 こんな日はいい絵は撮れないんだろうなぁと思いつつも向かった先は大窪寺。風が冷たくて冷たくて・・・。それでも多くのカメラマンや介護施設の人たちがいる。デイ・サービスなどの一環で紅葉見物らしい。だからうどん屋さんにも長蛇の列が・・・。

  

 おへんろさんもスマホをかざして紅葉を撮影するのに夢中の人が多い。

 

 雲間から日差しがこぼれた瞬間にシャッターを切る。まさに、一刻一刻と景色が変わる。

 

 そんなこんなで、今日は「へとちまとち」な一日になった。「へとち、まとち」ってわかります?思うようにならないというか、やろうとするんだけどタイミング悪く意図しない結果になるみたいなことをいう、香川の一部の地区の方言らしい。今日はまさに「へとち、まとち」。目がみえにくいということで、気分的にすぐれないので、余計に「へとちまとち」。

 

 今日の掲示板はこれ。「生きているということは、死ぬいのちをかかえているということ」という、東井義雄先生の言葉から。生まれてきたからには必ず死が訪れる、ということは誰にでもわかること。だから、この言葉は一見すると当たり前のことのように思えるけれど、普段の生活の中で、「死ぬいのち」をかかえながら生きているという思いは中々出てこないのではないだろうか。「いつか」死が訪れるけれど、その「いつか」がいつなのかはわからない。もしかしたら突然訪れるかもしれないけれど、まさか「今」ではないだろう、と思って日々過ごしているのが私の有り様である。以前の掲示板の言葉に、「生を奪う死は また 生きる意味を与える」という言葉があった。その随想の中で、「生死一如(生と死は一つである)」という仏教の言葉を紹介したが、今回の掲示板の言葉はまさにこのことを言い当てていると思うのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

もの言わず 今日も暮れたり 緋のもみじ

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 さぬき市地方は寒気の影響で雲が広がり、雨の降っている所があった。気温は6度から12度、湿度は66%から50%、風は西南西の風が吹いたりやんだり・・。明日の15日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。何の予定もないのだけれど。

  

ということで、私のブログが開設以来3,500日を迎えた。開設したのは2005年の4月10日だから、9年7ヶ月あまりということになる。この間に1日のお休みもない。よく続いたものだと思う。でも、最近は少しばかりお休みしたいというのが本音のところ。

 

 左目は全く見えなくなって、頼りの右目も調子が悪い。本も根気良くは読めないし、パソコンに向かうのも面倒になってきた。オペまではまだ27日もあるし、術前検査まで一週間。ものすごくストレスが溜まる。

 

 「最近、おさるが多くなって、昨日もダイコンを3本も抜かれたのよ」と、奥方はお怒りだが、そんなものにクレームをつけても仕方がない。向こうは人間さまの生活なんぞあずかり知らぬことなんだ。このサルは口に何かをくわえている。手前の黒い紐状のものは単なる枯れた木の枝。おへびさまはもう、冬眠に入って居る。

 

 更に進むと、いるわいるわ・・・。10数匹から20数匹のサルの軍団がぶつがり稽古なのか戦いなのか、ギャァギャァと賑やかなこと、騒がしいこと。縄張り争いなのか・・・。

 

 屋根の上でもいがみ合いやらにらみ合いをやっている。もう、すっかりと「サルの集落」。サルもすばしこくて、カメラを向けたら逃げられる。カメラを下げたら現れる。

 

 このあたり、番犬がいるのだけれど、鎖に繋がれた犬など怖くはないらしい。犬の眼前をゆったりと歩くからたまらない。サルの闘争と犬の吠え立てる声でやかましい・・・。

 

 こうした捕獲用のケージが幾つも幾つも置かれているのだが、警戒心が強いのか、学習済みなのか、イノシシもタヌキもサルも捕まらない。

 

 昨日今日と肌寒い1日になったが、そういう時期になったのか、喪中はがきが届くようになった。「うちは神道ですから・・」というてた人から「兄が天国に旅立ちました」というはがきが。神道でも「天国」に行くのかな?それにしても、みなさん、まじめにそういうはがきを送ってくる。身近な人の死は辛く哀しいものなんだろうけれど。

 

 車でおでかけをしたいのだが、恐ろしいし、かといって、こうして引きこもっていると、おつむがおかしくなってしまいそう。まさか、昼間からは寝てもいられない。テレビも騒がしいばかりでちっともおもしろくないし、ラジオもにぎやかなばかり。

 

 今日の掲示板はこれ。「掃けば散り 払えばまたもふり積もる 人の心も庭の落ち葉も」というもの。 塵やほこりといった目に見えない小さなものは、知らない間に溜まっているもの。しかし、落ち葉のように目に見えるものでも知らない間に溜まっている。それを、払い除いても、すぐに塵もほこりも落ち葉も積ってしまう。だからこそ、それを掃き、払うのである。

 同じように、私たちの心にも、知らない間に塵が溜まっている。この歌を読むと、お釈迦様の弟子の一人、周利槃特(しゅりはんどく)の逸話が思い起こされる。このお弟子は、自分の名前も覚えることもできず、その愚かさに呆れられ、実の兄からも、周りの人からも見捨てられ、孤独でみじめな生活送っていたのだが、その弟の姿を見かねて、すでに帰依していた兄が仏教教団の入団を勧め、自分の受けた教えを四行の偈文にして、覚えるように言いつけたが、周利槃特は努力の甲斐なくその偈文も覚えることができなかった。とうとうその愚かさに兄も激怒し、周利槃特を学び舎から追い出してしまったのである。途方に暮れ、学び舎を出ていく周利槃特の姿をご覧になったお釈迦様は、その姿をお見せになり、周利槃特に一本のほうきを手渡し、「掃除をしながら『塵を払わん、垢を除かん』と唱えよ」と教えられたのである。何年もその教えを守り、繰り返し続けた周利槃特に、ある時「塵とは何か、垢とは何か、払い除くとはどういうことなのか」という疑問が湧いてきて、やがて自分の心の塵、垢を自覚し、それを離れ、捨てきるまでになり、ついにさとりを開いたという話である。常に、自分の心の塵、垢に気付き、そしてそれを払い、心をひるがえして教えを聞きなおしてゆく姿勢を現代に生きる私たちに先立って教えて下さっているのではないかと思うことである。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

スマホ手に 落ち葉踏みしめ 杖の音

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 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は5度から14度、湿度は54%から50%、風は2mから5mの西北西の風が少しばかり。今朝は初めて霜を見た。明日の16日は、気圧の谷や湿った空気の影響で、雲が広がりやすい見込みとか。

 

 今日も天気がいいものだから久々に遠出の散歩に出た。8時半にわが家を出て、南に進み、次いで西に進むという時計回りに赤線のように歩き出した。で、昔の田面(たづら)村から南川村を北上して、道の駅みろく経由で、旧田面村に戻るコース。およそ、8Kmの2時間コース。

 

 これは、南川地区の特産品の「自然薯(じねんじょ)畑」この葉っぱの根っ子に「自然薯」が育っている。

 

 この地区もおさるさんが多いことで有名。人家のすぐ近くまでやってきて、稲や野菜を食べ散らかす。この時期は「落ち穂拾い」をやっている。山道に白いものが散乱しているので、何かと近寄ってみたら・・・・白菜。

 

 山の中に白菜は自生しないから、どこかの畑から持って来て、こんな場所でパーティーをやったらしい。全く、やりたい放題。

 

 これなんか、カメラ目線でポーズを取ってくれたが、内心はびくびくものだった。飛びかかられたらどうしようもない。

 

 この地区にあった「大川一中」という中学校の校歌に、「うるわしのふるさと しらさぎむれとぶ 青葉のひまを・・・・」というのがあったが、そんなのどかな光景。

 

 このあたりの紅葉といえばこんなものくらい。

 

 これで牛の鳴く声とかにわとりの声とかが聞こえたらいいのだが、さすがに、そんなものはとっくの昔に途絶えてしまった。昔の農家が洋式の住宅に建て代わり、あぜ道も広い舗装道路になってしまって、まるで違う町に来たみたい。牛馬の代わりに大型のトラクターが走り回っていた。

 

 子供がいなくなったからか、柿の実もそのまんまで熟して落ちているばかり。

 

 やっぱり、この時期は大窪寺だろうと、またもややってきたのが、この紅葉の名所の大窪寺。朝のNHKの四国版で、ここのお寺が紹介されていたこともあるのか、ものすごい車の列。まるで、大名行列みたい・・・。駐車場も路上も乗用車でいっぱい。

 

 大イチョウの葉っぱは落ちてしまっていたが、それでも多くの方が落ち葉を集めたり、スマホをかざしたり。

 

 いちょうの葉っぱは水分が多くて燃えないのだそうだ。だから、お掃除の方はたいへんだ。

 

 この人たちは、あのモデルさんを撮っているわけではない。紅葉のもみじをさかんに撮影している。

 

 こんなおねえさんである。きれいに撮れているものもあるが、撮影許可をいただいていないのでここまで。(業務用みたいなもので)

 

 今日の掲示板はこれ。「この一年 悔いなしと散る 落ち葉かな」というもの。花には花の役割があり、葉っぱには葉っぱの役目がある。冬が近くなると、広葉樹などは広い葉っぱでは水分を発散させるので木が弱るために葉っぱを切り落とす。また、光合成能力の落ちてきた葉っぱでも植物は弱る。そこで葉っぱを捨ててしまう。紅葉はその前段階で変色するものらしい・・・。紅葉も落葉もお仕事を終えた葉っぱを切り離すことでおきる自然現象。これを悲しいと見るか、寂しいと見るかは人間様のこころのありようだけ・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

 

また今夜 放浪の身となる 落ち葉道

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 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、気圧の谷の影響で西から薄雲が広がってきている。気温は7度から14度、湿度は74%から53%、風は1mから2mの東の風が少し。明日の17日は、気圧の谷や湿った空気の影響で、日中を中心に雲が広がりやすく、昼過ぎから夕方にかけては雨の降る所がある見込みらしい。

 

 今日はふるさと環境整備美化運動ということで、さぬき市前山地区のクリーン作戦のお手伝い。「おへんろつかさの会」にも応援要請が来ている。11月3日の88ウォークの時に、手袋と案内状とゴミ袋を渡されたもので、参加してみることにした。

 

 午前8時に、前山地区活性化センター前に集合。この日は「おへんろつかさの会」会員7人が参加。私たちは前山ダム一周コースが担当。

 

 前山ダムの下のピンクのゾーンを出発して、反時計回りにダムを一周する。

 

 この手前の数人がおへんろつかさの会員さん。後方の人たちは別のグループ。地元の前山地区の人たちは「全戸参加」だそうだ。

 

 8時過ぎにゴミ回収に出発。みんな「前山は寒そうだ」というので重装備での参加。

 

 この6人がうちのグループに私で7人。けっこう、それなりに袋に何かが入っている。

 

  ヤマツバキの花を観賞したり、野菊の花がかわいいねとか言ってみたり、世間話をしながらのクリーン作戦。こういうことでもないと、なかなかにゆっくりとお話をすることもない人たちばかり。

 

 対岸の建物正面が出発地点。少し左寄りに「道の駅ながお」の建物。この日は風が無くてきもちのいい朝である。水面に波はない。

 

 道ばたには前山ミニ八十八か所の石仏群があちらこちらに散在している。

 

 時にはイチョウやもみじの落ち葉を拾いながら、ああだこうだと世間話から衆議院解散の話まで。というのも、投票日がいつになるかで、講演会の会場が使えなくなる可能性もあるから、14日やろか、21日やろかというてみたり。それによって活動が変わるからである。

 

 そうして集められた「燃えるごみ」に、

 

 こちらは燃えないゴミの空き缶やら古タイヤ、金物類に・・・・

 

 パソコンのディスプレーからストーブまで。こんなものをおへんろさんが通るおへんろ道周辺に捨ててあったのか・・・。

 

 閉会式に参加した人たちは、この倍の数。私の後ろにも右にも左にも。総勢100人ほど。さぬき市長さんほかの挨拶でおしまい。パンとジュースを頂いて解散した。9時半過ぎだった。

 

今日の掲示板はこれ。「できないとやってないは同じじゃないよ できないと思っている90%はやってないだけ」というもの。今日のクリーン作戦の成果をを見て驚いた。昨日もここを通ったけれど、「なんだ、きれいじゃないか。クリーン作戦やっても意味ないと思うけど・・」と思ったのが事実。20人もが一列になって歩いても、そんなに紙くずや空き缶が落ちている訳はない。ところがどうだ、100人が集まってお掃除したら、あんなにもゴミが集まったじゃないか。やっぱり、やってみるもんだなぁと思った次第。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

秋の日は あっという間に 暮れ過ぎる

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 さぬき市地方は気圧の谷や湿った空気の影響で雲が広がり、昼過ぎから夕方にかけて、雨の降る所があった。気温は8度から16度、湿度は80%から56%、風はおだやかで1mから2mの東北東の風が少し。明日の18日は、寒気の影響で雲が広がりやすい見込みらしい。

  

 昨日、前山ダムを一周したからということでもないのだが、今日は家の近くにある「県営大川ダム」を一周することにした。「隻眼」ということで、車の運転は危ないし、かといってパソコン操作も面倒になってきたし、読書も隻眼では疲れやすい。ということで、できることは歩くことくらい。

 

 大川ダムは、津田川総合開発事業の一環として、津田川流域の治水安全度の向上や流域における水不足の解消のために昭和38年度に完成した。私が小学5年か6年の頃に着工して、中学2年の時に完成したように思う。当時はばかでかいダムだなぁと思ったが、今はさほどのダムではない。

 

 発電棟脇のこの階段を昇って堰堤上に出る。この頃になると蜘蛛は一匹も居ないし、蜘蛛の巣もなくなっている。

 

 堰堤からはこのような管理用道路がついていて、路面はコンクリート舗装になっている。ときおり倒木があったり、土砂崩れの箇所もあって、通れるのかなぁと思うような場所も何カ所かある。

 

 たとえば、こんな所がある。竹林が迫り、あるいは倒れて、その下をかいくぐって歩いてきた。最近は管理もされていない様子。

 

 最近、水位が安定してきたようで、ヘラブナ釣りの人が何人かいる。ここには鯉もいるしブラックバスもいるらしい。

 

 ②の左から出発して南下して大川ダムの字からダムの管理用道路をさらに南下して、県道で折り返して北上して、地図の上端で折り返してわが家に戻る、およそ8Kmの2時間コース。今日は汗がじっとりと流れていた。

 

 来週は上洛の予定だが、その準備も遅々として進まない。左目が見えないというのはこんなにも不便なものかと思うし、気分的に前向きになれていない。今週20日には手術前の準備事前検査がある。その問診票も記入しないといけないし。

 

 そんなことばかり言うてもいられないので、今日はリビングのおこたを出した。それにオイル・ファンヒーターを出して灯油を買ってきて試運転も済ませた。山の奥では朝夕が冷え込んでくる。

 

 奥方のけいこばぁが早くも年賀状を買ってきた。ま、年賀状は眼の手術が終わってからでも間に合いそう。そんなに慌てなくても良いし。

 

 ということで、今週は上洛の準備と冬支度の準備になりそう・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「卵は割らないと目玉焼きはできない」というもの。似たような言葉に、「卵を割らなければ、オムレツは作れない。」ということばがある。ドイツの軍人、「へルマン・ゲーリング」の残した言葉。この言葉は、映画、『オール・ザ・キングスメン』の中にも引用されていて、「何事も行動を起こさなければ前には進めない」という意味でもあれば、「自分の殻を割ることでしか得られない何かがある」という意味にもとれる。勇気を起こさせてくれる名言である。この掲示板では、後者の自分の殻を割ることを勧めている。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。

もみじ散り 今日もあたふた 日が暮れる

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 さぬき市地方は冬型の気圧配置が続くため雲が広がりやすく、夕方まで雨の降る所があった。気温は9度から13度、湿度は74%から56%、風は4mから36mの西北西の風が少しばかり。明日の19日は、高気圧に覆われて、概ね晴れる見込みらしい。

 

 今朝も8時半を過ぎた頃からウォーキングに出た。わが家から北に向かうと、ゆるやかな下り坂になっている。だから、快調に歩き出した。

 

 で、県道に出て、大川郵便局から香蓮寺あたりからゆるやかな登り坂になるのだが、このあたりから足が重くなってきた。さらにみろく自然公園までもゆるやかな登り坂。心臓はぱくぱくとするし、足は重くて10歩歩いては一休みする。

 

 このままでは動けなくなってしまうんじゃないか・・・と心配になったが、奥方は朝からお仕事に出ているし・・・。平坦地になればなんともないのだが、足の指が登り坂になると硬くなって動けない。水を飲んでもお茶を飲んでも効き目はない。

 

 歩き出したのだから、歩いて戻らねばならない。とにかく一歩ずつ、一歩ずつ。昨日はなんともなかったのに、今朝は何がどうしたというんだろ。

 

 この公園にもウォーキングや散歩の人が多い。みろく奥池を何周もするらしい。そんな人がやってくるとカメラを紅葉に向けてはやりすごしながら、一歩ずつ・・・。

 

 最後の坂道をあえぎあえぎ昇ったら、今度は下り坂になる。サッカー場を横目に見ながら坂を下って、県道2号線を南下する。鮎帰(あゆかえり)橋を過ぎたら、またもや長い登り坂。

 

 いつもは1時間半コースなんだが、今日は2時間少しで戻って来た。さすがに足が痛くなってきた。そんなに疲れるような毎日でも無いはずなんだけれど。

 

 教区の機関誌の原稿依頼が飛び込んできたし、法話の話も届いているのだが、眼がこんな状態だから気分的に乗らないのだからどうしようもない。そのくせ、自分史用の日記帳の整理には手をつけている。

 

 今日は2012年から2013年の日記を整理していた。これを見ると、「病院」という文字が多い。そんなに病院に行った記憶はないのだけれど。でも、風邪や肺炎の文字も見えるし、定期的な検診もあるから、けっこう、病院のお世話になっているものらしい。

 

 お昼からは奥方と東かがわ市方面へドライブ。奥方の用事と私のご用が半分ずつ。

 

 来週の京都行きについて、打ち合わせをしたり、奥方の買い物をしたり。お正月用の餅米を注文していたのを受け取りに行ったり・・・。

 

 最近、このような張り紙があちらこちらで見られるが、イノシシが捕まったとか野猿が捕まったという話はきかない。たくさんのオリ形の捕獲ケージも見られるが、餌用のサツマイモはそのまんま。

 

 今日は早めにお風呂に入って、早めにお休みすることにする。

 

 今日の掲示板はこれ。「自分の心が一番しまつに困る 承知せぬのは自分の心である」という曽我量深先生の言葉から。本当にあわれみ,かなしみ,はぐくむということは計画しても出来るものではない。自分の心が一番始末に困る。承知せぬのは自分の心である。故に「おもうがごとくたすけとぐること,きわめてありがたし。」思うが如くなるということは世の中は一つもない。世の中は一から十まで思わざる如くに動くのだそうである。(曽我量深『歎異抄聴記』より)

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。


ほんものに なりきれないと 秋の風

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 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れている。気温は5度から14度、湿度は76%から62%、風は2mから3mの西南西の風が少し。明日の20日は、気圧の谷や湿った空気の影響で午前中は雲が広がるけれど、午後は次第に晴れる見込みらしい。

 

 今日は秋晴れのいい天気になった。そこで久々にお布団を干した。だが、昨日のこともあるので遠出の散歩には出ないこと。車には乗らないこと。猿の番をすることの三点をきつく戒められた。では、することがないではないか。

 

 で、教区の機関誌の原稿書きをやってみた。「讃岐における二十四輩を歩いて」の四回目の記事。東植田町から塩江町という高松市東南部方面。書き上げたついでにメール送信しておいた。

 

 それから、通年日記帳の整理もやっておいた。2006年から2014年11月分までを記入した。今年1年もなんだかんだとあった年だなぁと実感した。まだ、10大ニュースには早すぎる。

 

 お昼前になって、私の下の(三男)のたっくんがやってきて、「うどんにでも行こうよ・・・」というので出かけたが、ちょうど時間が正午前。どこのうどん屋さんも超満員。ここもだめ、あそこも超満員、ここも車が止められない・・・と四軒目のここに入った。讃岐にはめし屋もソバ屋もラーメン屋もレストランもない。あるのはうどん屋さんだけ・・・。

 

 木田郡三木町鹿伏にある「讃岐手打ちうどん寒川」というセルフのお店。今日はまつたけうどんを食べるはずがセルフうどんになってしまった。

 

 でも、時期だから・・・ということで「しっぽくうどん小」にした。弟は冬なのに「ぶっかけうどんの冷や」を注文した。ま、それが正解だったかも。私は暑くて熱くて汗まみれ・・・。これで350円。

 

 最近のお店では、こういうプラスチック製のお箸を使うようになった。割箸はもったいないからと云う訳なんだろうか。希望者には割り箸も置いてはあるようだけれど。

 

 午後からは今年のお正月にいただいた年賀状の整理をやってみた。年賀状ソフトの不要になったデータも削除した。実に多くの方がお亡くなりになったし、母がいなくなって母の友人らのデータも削除した。その数、実に67人。

 

  もう、叔父さん、叔母さんという人が数えるほどしかいなくなった。多くの先輩や師匠ともいえる人もお亡くなりになった。時代の流れだなぁとしみじみとした。

 

 今日もまた、喪中はがきが届いている。でも、パターン通りなのかも知れないが、『永眠』ということばが印刷されているものがほとんど。仏教徒に『永眠』や『草葉の陰』は似合わない。

 

 今日の掲示板はこれ。「裏をみせ おもてをみせて 散るもみじ」という良寛さんの辞世の句といわれる言葉から。そこはかとない悲しさと、ほのぼのとしたやさしさというのだろうか、良寛さんの飾り気のない人柄がよく出ているように感じられる句である。この句は、晩年に交流の深かった貞心尼という尼僧さんに向けられたものだといわれているが、自分の心の中の弱い部分も含めて全てを見せてきた人(貞心尼)に対して、何か肩の荷を下ろすような、そんな気持ちをがあったのかも知れない。また、一説には、この句は、もともと谷木因が詠んだ「裏ちりつ表を散つ紅葉哉」という句を良寛が作り直したもので、『はちすの露』に収録されているともいわれているし、『裏をみせ 表もみせて 散るもみじ』ともいわれている。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

あれやこれ 迷っている間の イチョウの黄

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 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は6度から14度、湿度は74%から52%、は2mから3mの北東の風が少し。明日の22日は、南からの湿った空気の影響で雲が広がりやすいとか。

 

 秋らしいさわやかで静かな朝になった。早くも今日は11月20日。月日の流れは速いなぁと思うことだった。

 

 朝の間は過去の日記帳の電子化作業。10年分の日記を一覧表にする作業である。こうすれば、何年の何月何日には何があったのか・・・ということがわかるようにした。まだまだ、作業は続くのだけれど。

 

 続いて年賀状データの確認や追加、削除、修正作業。今年にいただいた年賀状を手にしながら、一件、一件、確認してゆく作業・・・。

 

 そんな中、自治会長さんから訃報の連絡が入った。わが家のすぐ前のおうちのご主人さんが亡くなったのだという。そして、今夜、夕方にお通夜だという。最近、入退院を繰り返していた人だった。

 

 お昼からは県立病院での眼科の検査。白内障手術前の検査や事前研修や連絡指示など。もう、左目は失明状態。しかも溶けそうだという。

 

 13時に病院に入って、採血や採尿検査のあと、この眼科での検査があった。

 

 その合間にビデオで白内障手術の概要やら術前の生活やら術後の生活などについて勉強する。とにかく、12月11日にオペを待つばかり。

 

 わが家に戻ったのは16時半。すぐさま喪服に着替えて葬儀会館に向かう。奥方の運転であることはいうまでもない。

 

 私たちは受付係。今は、それしか用事はなくなった。

 

 受付係もこの記帳台でカードに住所氏名・電話番号などを記入していただくので、こちら側は受け取るだけでいいので楽になった。今日はお通夜なので、お香典は多くなかった。

 

 そんなことで、バタバタとした長い一日になった。

 

 今日の掲示板はこれ。「大丈夫って言ってみる つらくて悲しいそんな日は 大丈夫って言ってみる」というもの。余分な言葉は不要な気がする。とにかく、「大丈夫」って言ってみる。あれこれと考えても仕方がない。「大丈夫」「大丈夫」

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

あれやこれ みんな忘れて 散るもみじ

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 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、気圧の谷や湿った空気の影響で西部では雲が広がり始めているのだとか。夜遅くには雨の降る所がある見込みらしい。気温は7度から18度、湿度は74%から56%、風は3mから2mの東の風が少し。明日の22日は、南からの湿った空気の影響で雲が広がりやすいらしい。

  

 ご案内の通り、お隣さんちのご主人が亡くなったもので、今日はその告別式。いわゆる、お葬式の日。お式は13時から14時なのだけれど、私たち隣組というか自治会が「お同行」ということで、お手伝いに行くことになっている。昔からの慣行なのである。

 

 で、そのお隣さんのお隣さんちの奥さんに乗せてもらって、「セレモニー会館」には午前11時に入った。男性陣は受付事務で、女性陣は昼食のお茶の準備と後片付け。会館に着くと、すぐにお寿司のパックを頂いて早々に昼食を食べた。朝食後の昼食だから半分も食べられなかった・・・。

 

 11時半くらいからぼつぼつと弔問の方がみえるようになって、12時あたりがビーク、12時半にはほぼ落ち着いた。お客様はお席に着いて待っているし、お寺さんもやってきた。

 

 13時前には静寂が訪れた。私たちもほっと安堵したころ。

 

 お式は13時から始まって・・・・13時45分ころまで。

 

 お式が終わって、出棺が終われば、私たちのお仕事はおしまい。自分たちの回りを片付けて、それで帰ればいいのだが、お骨が帰るまでは待機なんだそうで、休憩室で2時間半あまりを待つことになる。この時間が手持ちぶさた。

 

 私たちの集落は10戸しかなくなった。限界集落に近い自治会である。それも高齢者ばかり。で、葬家を除いた9戸が「お同行」ということでお世話をする。お世話たって、昔ほどのお仕事はなくなった。話題はいつものお猿やイノシシの話題ばかり。今日の「アベノミクス解散」を話題にする人など誰もいない。

 

 エアコンからアシナガバチが出てきたということで撃墜したり、さらにもう一匹が出てきたと言うことでジェット・スプレーを吹き付けて撃墜したりと、なんだかんと話題作りをしながらの時間待ち。

 

 16時半から「還骨勤行」と「引き上げ初七日法要」が30分ばかりあった。その後、「精進落とし」の法要膳になった。

 

 みごとなご馳走をいただいたが、私たち「お同行」は形ばかりにいただいて、早々に会館を後にした。「ご遺族がお疲れでしょうから・・」という、これまた、暗黙の約束みたい。ここで、呑んだり食べたりはいけないらしい。

 

 今日の掲示板はこれ。「身近な人の死に逢うたびに 人のいのちのはかなさと 今ここに生きていることの尊さを味わいました」というもの。今日も私のこころ、そのまんま・・・。不要な言葉はいりますまい。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

見上げれば 皇帝ダリアの ひるね顔

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 さぬき市地方は、湿った空気の影響で雲の広がっている所もありながら、高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は11度と温かい朝になって18度まで上がった。湿度は86%から68%、風は3mから2mの北北西の風が少し。明日の23日は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

  昨夜はなんとなく、「千と千尋の神隠し」を見るとはなく見ながら、ゆっくりと飲んでいた。初七日の法要膳を中途半端な食べ方でいささかおなかの調子が狂ったよう。だから、わが家の食事に戻すのにしばらく時間がかかったこともあって。

 

 朝の間は行くところもなく、行きたい場所もなくて、論文を整理したり、年賀状の文案を考えたりしたが、直前にならないとスイッチが入らない。とにかく、「隻眼」というのは不便なものだ。片方の目だけで見るというのは「奥行き」や「足元の高低差」もわからなくなる。歩くにも不自由ということになる。

 

 来週からの上洛の準備もやっておかねばならないが、ものをつかむとか合わせるという間隔がわからなくなって、衣装がたためないし、裏返せない。こんな単純なことさえも不自由になってくる。丹下左膳や独眼竜正宗は、本当に「隻眼」で戦えたんだろうか・・・。

 

 ごちゃごちゃ言うていても仕方がない。昼食は「ラ王の袋麺」で済ませて散歩に出た。パソコンは確かに目に良くないなぁと思うし、かと言って読書も活字が霞んで読みにくくなっている。

 

 ふと見ると、捕獲ケージの中に何かいる・・・。足下が危うい中、慎重に山の中に入ってみると・・・。

 

 これはどうにもタヌキらしい。それもおなかの大きなタヌキ。餌のサツマイモを「たらふく食べたのだろうか。それともお母さんタヌキなんだろうか。

 

 これはテントを改造した捕獲ケージらしい。こんなものを自作して仕掛けてあるんだろうが、先日はこの上でおさるが遊んでいたことを猟師さんは知らないはずだ。設置して、もう、一週間になるのに、何の反応もない。ま、こんな異様なものが置かれたら、猿もイノシシも警戒すると思うのだが・・・。

 

 今日は、わが家近くに猿の軍団が現れた。すぐさま、ロケット花火で撃退した。

 

 追い払ったつもりでも、裏のたんぼでは、これ、このとおり。役所の方からは「餌付けをしないように」というのだが、栗や柿は時期が来れば実がなるし、野菜だって最小限度のものは作りたいと思うもの。全く、さるやイノシシのエサを無くするわけにはいかないのだ。

 

 そうそう、今日は『小雪』にあたるが、そういう節目のことで、「小雪(こゆき)」が振る頃という意味ではないそうで、単に立冬から数えて15日目ということで「小雪(しょうせつ)」という名前の節目なんだそうだ。で、暦的には、旧暦の十月一日で時期的には「秋」である。

 

 それに、俗世間的には「いい夫婦:1122」の日でもあるそうだが、単なる語呂合わせで、そんなに注目するべきことでもない。

 

 今日の掲示板はこれ。「がまんがまん ここはがまんだ どんななが雨も いつかやむ」という荒了寛さんの言葉から。どんなことがあっても、いつも笑顔(^^)を忘れず、心をこめて聴き、心をこめて話すようにしたいもの。日日是好日。今日も、ステキな土曜日になりますように。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

紅葉は 自分の出番を 知っている

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 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は10度から18度、湿度は90%から68%、風は3mから1mの北北東の風が少し。明日の24日は、気圧の谷や湿った空気の影響で次第に雲が広がる見込みらしい。 

 

 今日はお天気もいいし、取り立てての用事もないのでおでかけをしたいと考えた。

 

 これはわが家近くに仕掛けられた捕獲用ケージなんだが、サルだろうか、イノシシだろうか、中にあった紙袋を引っ張り出して、上に置いてあったサツマイモをみんな食べてしまっている。かしこいなぁ・・・。

 

 奥方のけいこばぁにお願いして、高松市西部にある五色台に向かった。昔は「五色台スカイライン」とかと呼ばれた、この道路は、いつのまにか、そういう名前が消えている。この周辺にも車が多く止められていて、カメラを抱えた人たちが危ないのに歩き回っている。

 

 目的地はここだが、途中の四国霊場八十二番札所根香(ねごろ)寺は警備人が出て交通制限。周囲の道路には「駐車禁止」の標識がズラズラズラと。ここも紅葉見物の名所だから、お寺としてはありがた迷惑。普通のお遍路さんに迷惑をかけてもいけないし。

 

 実はここで、「四国霊場開創1200年記念『空海の足音 四国へんろ展』 香川編 関連企画 巡る人々、巡る信仰ー讃岐を訪れた木食、全国を巡った六十六部ー展」という、長い名前の展示が行われている。

 

 六十六部とは、法華経を六十六部書き写し、日本全国、六六か国の国々の霊場に一部ずつ奉納して回った僧侶のこと。鎌倉時代から流行し、江戸時代には諸国の社寺に参詣する巡礼、または遊行する聖。背に阿弥陀蔵を納めた長方形の龕(がん)を負い、六部笠をかぶった姿で諸国を回って勧進をしたり、巡礼姿で米銭を請い歩いた一種の乞食でもあり、六部とも呼ばれた人たち。

 

 一方、「木食(もくじき)」というのは、木食戒(五穀・十穀断ち)(火食・肉食を避け、木の実・草のみを食べる修行)を受けた僧のこと。木食上人ともいうが、そんな人たちが「作仏(さぶつ)行」として、各地でいろいろな仏像や掛け軸を残している。そんな展示会である。

http://www.pref.kagawa.jp/setorekishi/

 

 で、今日のお昼はここになった。坂出市高屋町にある「さぬき麺匠 はま弥」という一般店。ここも奥方のお気に入りのお店だが、今日は三連休の中日ともあって行列のできるうどん屋になっていた。幸いにも私たちは数秒の差で、小上がり席に着くことができた。

 

 奥方はおでんにお寿司にかけうどん。私はこのわかめうどんが精一杯。これで360円だった。外には十数人が座り込んで待っている。セルフのお店ならば回転が速いが、一般店では10分から20分は待たねばならない。

 

 奥方に運転をお願いすると、ついつい、余分な時間を使ってしまう。私一人だとお昼を食べなくても平気だし、五色台だからとみかんを買わずに済むし、食材を買ったりもしないのに、だから、わずか10分ほどの展示を見ただけで1日がかりになってしまった。

 

 私的には、根香寺の紅葉も見たかったし、白峯寺の紅葉もみたかったのだけれど、朝の警備状況を見ただけでうんざりとした。

 

 今日の掲示板はこれ。「黒い土に根を張り どぶ水を吸って、なぜ、きれいに咲けるのだろう。私は大勢の人の中にいて、なぜみにくいことばかり考えるのだろう。」という星野富弘さんの言葉から。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

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