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Channel: まほろば自然博物館
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しら梅の 咲いて遍路の 見えぬ寺

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 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇り、昼過ぎにかけて雨が降る所があった。気温は1.5度から10.8度、湿度は80%から61%、風は2mから8mの西の風が一時は強かった。明日の29日は、寒気の影響で午前中は曇るが、その後は高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

  128/65-65 36.3c-90% 60.6Kg 1018hPa,6c,52% 体調に変化はない。肩こりと右手首や指が痛いのはパソコンの叩き過ぎ。今日も「道標」という「宝探しゲーム」のために長尾寺にやってきた。ここに7つの道標があるというのだが、見つけたのは3基だけ。あと4つだ。

 

 最初に見つけたのはこれ。確かに指のようなものが刻まれている。こんな看板に隠れていては見つけられないではないか。

 

 そして本坊の玄関先も袖付きの指が刻まれている。これはどこかにあったものを移設したのだろうか。この中に入って撮影するのは気が引ける。お遍路さんならば「納経」ということでお邪魔できるのだけれど。

 

 この左から二番目のものは指が刻まれているからわかったのだけれど、左端の大きなものは、「馬方連中」が寄進したもの。詳しい旅程が刻まれている。真ん中のものは平成に入っての建立だから注目はしない。

 

 これは、東門を入ったところ、薬師堂前の道標である。こんなものになぜ、気が付かなかったんだろう。これもへんろ道沿いにあったものを境内に移設したんだろう。これで長尾寺の七件はクリアーした。

 

 長尾寺を出て、大窪寺へのへんろ道をしばらく走ると、香川県道10号線と交差する。その交差点右手(西側北詰め)に、この案内板がある。長尾寺の北にも、この清水九兵衛の道標があった。

 

 こういう「三界万霊塔」である。「三界」とは仏教のことばで欲界、色界、無色界の三つをさし、この世の生きとし生けるものすべての霊をこの塔に宿らせているという意味を持つ。台座正面に「三界萬霊」、右面に「出羽國秋田/清水九兵衛」、左面に「明和九壬辰年/三月七日造建」と刻字があり、出羽國秋田の清水九兵衛が施主となり、明和9年(1772)に造立したものであることが解る。

 

 いくら探してもわからなかったのがこれ。この黒ずんだ四角い石柱である。先の交差点を南に進むと上辛立の遍路道沿いに中務茂兵衛百三十九度の道標がある。正面に「右指し指印/大窪寺道/是より・四里」、右面に「右へ長尾寺伽藍」、左面に「東白鳥四里/西琴平十里」とあり、ちょうどここが南北の遍路道と白鳥・琴平を結ぶ東西道の交差点であることが解る。しかし、明治34年の地図と照合すると、この茂兵衛道標がある地点より北側の交差点が東西道との交差点と考えられ、移設されている可能性が考えられる道標である。

 

 これだってそうだ。宝(寶)政寺を出て、塚原橋の手前右側に、正面上部に弘法大師坐像を刻み、下部に「大くぼ□□/百七十一□」とある道標がちょこんとある。おそらく「百七十一丁」と考えられ、一丁を109mとすると18・639kmで、大窪寺までのおおよその距離に相当する。

 

 帰ると、その結果を記録しておく。とにかく、覚えても覚えてもすぐに記憶から消えてしまうお年頃なのである。

 

 そうこうしていたらば日が暮れる。なんと一日の速いことだろうか。

 

 そうそう、一昨日、センターのPCの動作が遅くなったので、右のPCと入れ替えてみた。すると、ネットワーク回線がタイムアウトする現象が起こり、どうにもならなかったので元に戻した。回線接続は元に戻ったのだが、今度は画面が横になったり、上下が入れ替わったりと使用不能の状態に。ま、今朝がた、元には戻せたのだけれど、余計に肩こりがひどくなったことだった。

 

 節分には少し早いのだけれど、今日の掲示板はこれ。町内の善楽寺さんのお寺にあったもので、「福願う 心の裏に 鬼の顔」というもの。親鸞聖人は、このようにうたわれている。「悪性(あくしょう)さらにやめがたし、こころは蛇蝎(じゃかつ)のごとくなり」聖人は、自己の内にみんながいやがる蛇蝎を発見されたのである。私こそ蛇でございます、蝎(さそり)でございますと、蛇や蝎のような心、鬼のような心と言ってもよいだろうか、そのような心を見出されたのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


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