さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は26.5度から33.7度、湿度は96%から74%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の21日のさぬき市地方は、引き続き、高気圧に覆われて概ね晴れる見込み。
106/52/78 36.2c-98% 61.2Kg 27.3c-80%-1010hPa 体調に全く変化はない。あれほど長い間、おなかが張るだの身体が重い・・・と言い続けた日々がまるでウソのよう。
朝の6時から、さぬき市の広報なんぞを配ってきた。今年度からは9戸になって、我が家は配達しないから8軒の家を回ってくるのである。
配ると言っても、こういう山道を車で走らないと、家と家との距離が遠い。今の時期は稲穂が実る頃だから、あちこちにサルの集団が稲穂を抜いて食べている光景に出くわす。およそ、30分で配達を終えてきた。
奥方はお休みだからと、朝から野菜やお花に水をかけっぱなし。町では考えられないような贅沢さ・・・。隣の津田川の水をポンプアップして、ホースで放水しているのである。
私の朝食は用意されていて、それがこれ。普通の朝食である。ぶどうの種類は知らない。種はしっかりとあった。
今日もお天気がいいので、奥方のと私のと二組の布団を干した。昨年ならば、この布団が重くて持てなかったのもウソみたい・・・。
で、夏休みの自由研究の続き。これはブログの過去記事を抜粋したもので、病気に関する記事だけをまとめた「闘病日記」である。これから更に抄録を作る作業をやっている。
月日と病室名、体重と、その日の病状や処置内容、感想や補足事項なんぞをまとめている。こうして見れば、私の身体の流れや状況が見えてくると思ったからである。これが、考察の論拠にもなるという寸法だ。
これが、その論文の表紙である。全体で400ページを超えそうである。
今日のお昼は奥方作のおそうめん。お寿司は職場の同僚からいただいたというお寿司。でも、お寿司は一個しか食べられなかった。
どうにも奥方の流儀は私にはなじまない。やはり、自分の味が一番だ。
お昼からも延々と、その作業を続けていた。何度も言うかも知れないが、この二つの画面は、一個のマウスと一個のキーボードで自由自在に操作できる。右から左の画面を動かしたり、そのテキストをコピーして右の画面に貼り付けたりもできる。
そういうことで、今日もヒグラシの声が聞こえてくる。夜にはコオロギの声も聞こえる。
今日の掲示板はこれ。「何ものも「自分のもの」ではないと知るのが智恵である」というダンマパダからのことばである。「降れば濡れ 濡るれば乾く袖の上を 雨とて厭う人ぞはかなき」と一遍上人は言った。煩悩にまみれた自分でいいのだと腹をくくると光が見えてくる。「煩悩 を断ぜずして 涅槃を得るなり」と親鸞聖人も言った。人生さえも借りものである。清々しく生きられるコツがそこかしこにある。「何ものも“自分のもの”で はない、と知るのが知恵であり、苦しみからはなれ、清らかになる道である」と、『ダンマパダ』に書いてある。考えても仕方のないことを、あれこれ思い悩む のは愚かなことだ。「眠れぬ者に夜は長く、疲れた者に一里は長い。真実を知らぬ愚者に生死の道は長い」とも『ダンマパダ』に書いてあった。
じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。