23日のさぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は11.2度から19.9度、湿度は66%から44%、風は1mから3mの北の風が少しばかり。明日の24日のさぬき市地方は、引き続き、高気圧に覆われて晴れる見込み。
114/68/78 36.2c-98%-64.4Kg 17.5-55%-1023hPa 体調に変化はない。今日は心臓の痛みもないし、脈拍も正常に落ち着いている。
奥方から出勤前に「今日は草刈りはだめよ」と厳命されたが、「生ごみは出しておいてね」というのも忘れない。どこまでからどこまでなんかわからんというものだ。
そこで、宿題になっている「遍路墓」の調査に出かけた。これらも遍路さんのお墓だと思われるのだが風化が進んで字が読めない。
こういう大きな字だと読めるのだが、これはお墓ではなくて道しるべの丁石の28丁である。ここから大窪寺までが28丁、およそ3kmであるというしるし。
これは27丁石で、同じ場所に移されているが、昔は旧の遍路道沿いの田んぼの畔にあったらしい。それを道路脇に移したものらしい。あとの自然石はまるで読めない。お金(持参金)が少ないと字を刻むのも浅く細いものになったという。
この石には「南無阿弥陀佛」と刻んであるがお墓ではない。
これはお遍路さんのお墓である。「梵字 浄好禅門」と刻まれ、
摂州大坂道頓堀南四丁目 紀伊国屋内 庄兵衛」と刻まれ、
「文政十二丑五月廿八日」と刻まれていて、裕福なお遍路さんであったらしい。立派なお墓である。
今日は、そのあたりでやめておいた。山の中は肌寒くて仕方がない。そこで山寺さんの紅葉具合はいかがなものかとやってきたのだが、ほんのりと紅葉しはじめたかなぁというところ。
今日は土曜日ということで、家族連れの方のお参りがちらほらと。ときおり、白衣姿のお遍路さんも家族連れのマイカー遍路さん。大きなカメラを提げた人は紅葉探しのお寺参り。
名物の大銀杏もまだまだ、こんな感じ。今月下旬か来月に入ってからか。来月上旬のガイド役が入っているので、その下見を兼ねての山寺巡り。
今日のお昼はここになった。山寺さんの門前にある「野田屋」さん。お土産物や巡拝用具などを販売する傍ら食堂もやっている。
で、「温かいものを・・・」というと、天ぷらそばが出てきた。でも、次々と入ってくるお客さんは口々に「打ち込みうどん」を注文している。ここに来ればやはり「打ち込みうどん」なのか。
私は顔なじみなので、私のお好みを覚えておいてくれているらしい。このおそばで780円。お安くはないが、こんな遠国(おんごく=超いなか)なので輸送費込みみたいなお値段になるらしい。
私的には、この秘密の洞窟食堂みたいな雰囲気が気に入っている。正面の階段を上がれば、団体のお遍路さん用の和室の大広間に上がれるようになっている。
今日の掲示板はこれ。「いつかできることは、全て今日でもできる」というモンテニューの言葉から。フランスの哲学者、ミシェル・ド・モンテーニュの言葉らしい。いつかやる、いつかできると思っていながら幾星霜、結局何事をも成し遂げられずに終わってしまった、そういうことは人生においてかなりありがちである。そんな時、この言葉をことあるごとに思い返しておけば、結局は「いつか」なんて日はいつまで待っても来ないわけで、それが今日であるかそうじゃないかの違いだけ、ということに気付かされると思うのである。
じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。