16日のさぬき市地方は、はじめは高気圧に覆われて晴れていたが、その後、前線や低気圧の影響で曇り、夜は次第に雨となるらしい。気温は6.0度から15.0度、湿度は56%から90%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の17日のさぬき市地方は、前線や低気圧の影響で未明は雨が降る見込み。その後は次第に冬型の気圧配置が強まり、曇りで、夜遅くには雪の降る所があるらしい。夕方からは、雷を伴う所がある見込み。
収縮期108mmhg、拡張期58mmhg、脈拍79bpm、体温36.5c/酸素濃度99%/体重63.8Kg 室内気温23.1c/室内湿度38%/気圧1028hPa 体調に変化はない。今日の日の出は07:03分、日の入りは16:65分 月齢は11.8の中潮。
最近は一日おきで体調が変わるらしい。それは尿の出方で体重が増減するからである。夜にぐっすりと寝るとトイレには行かない。すると水分が体内に貯まっておなかが大きくなってくる。で、利尿剤を飲むと水分が排出されて元気になる。それの繰り返し。
ベランダに干してあったつるし柿やら切り干しダイコンは片付けた。つるし柿は新聞紙に包んで冷蔵庫に保管した。ただ、思い出だけで作ったもの。誰も食べる人は居ないのだ。
切り干しダイコンはどうしようか。奥方が食べると言えばいいのだが、「切り干しダイコンは、木枯らしが吹き荒れる頃に作るもの。そんなに早く干してもカビるだけよ」と叱られたので廃棄するしかないか。私的には切り干しダイコンの画像さえ残せばいいというものだ。
朝はこんなにも晴天。雲一つない。隣町にあるホームセンターである。
ここで、野菜畑用のネットや支柱などを買った。サルが野菜畑に侵入しにくくなるネット張りをやってみようと考えたからだ。ちなみに、我が家のある集落では、どこも野菜作りを諦めた。イノシシにサル、シカにハクビシン、アライグマまでが出没するからである。さぬき市でも「サルやイノシシに餌付けをしないでください」とか「サルやイノシシが好む果樹や野菜を作らないで下さい」という指導が出ているのだとか。
でも、我が家の奥方はガンとして野菜作りを続けている。それは「自己責任」で、市や県に相談しても相手にはしてくれないのだそうな。で、そのしわ寄せが私に回ってくるということになる。で、今日はネットを支える柱を補強することから始めた。大きなネットだから、大風が吹けば柱が揺らいで倒れてくる。そうなると、サルが入りやすくなってしまうのだ。
その途中で見かけた郵便局の赤いポスト。あ、ポストはどこでも赤いのか。なぜ、ポストが赤いのかを調べてみたら、単に赤色が目立つからという単純なことかららしい。
裏面はこうなっていた。
で、一応、ネットの補修も終えて、獣返しも修復しておいた。敵がどこから侵入するかを調べないと対処できないのだ。これでひとまず、様子を見よう。
今日のお昼は、夕食の残りで作った「牡蠣鍋うどん」である。この下におうどんが入っている。
で、その後は相変わらずの「自分史・昭和は輝いていた」のPC入力作業である。
子どもの頃の「ションガツ:正月」の迎え方や遊びやら、昔は元日が登校日で紅白のまんじゅうが配られたことなどをまとめていた。その頃は「旧正月」もお休みだった。
今日の掲示板はこれ。「思ふこと 今年も暮れて しまひけり」という正岡子規の俳句で、いつもの赤松先生のお寺の掲示板から。明治28年の大晦日、漱石と虚子が子規の家にやってきてにぎやかな大晦日になった。その時に、正岡子規が詠んだ句の一つがこれ。「いろんなことがあったけれど、今年もついに暮れてしまうんだなぁ」という気分だったのだろうか。子規の病はこの頃から深刻さを増してゆくのである。振り返ってみれば、私もこの一年にはさまざまなことがあった。死の淵をさまよったり、元気になって草刈りや剪定をしたり、台風で島の家のガラス戸が壊れたり、観光ガイドが感染症対策で中止、延期になったり。その後、なんだかんだのガイドブックやガイドマニュアルを作ったりしながら、かろうじて生き延びている。思うことはたくさんたくさんあるけれど、今年も間もなく暮れてしまうんだなぁと言う気持ちにはなる。
じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。