25日のさぬき市地方は湿った空気の影響で概ね曇っていた。気温は17.0度から24.5度、湿度は98%から78%、風は1mから2mの北東の風が少しばかり。明日の26日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で曇り、昼前から断続的に雨が降る見込みで、昼過ぎからは雷を伴う所があるらしい。
収縮期102mmhg、拡張期60mmhg、脈拍80bpm、体温36.4c/酸素濃度96%/体重65.4Kg 室内気温19.0c/室内湿度58.7%/気圧1015hPa 体調に変化はないが、体重が一週間で5Kgも増えるというのは異常である。いったい、何がさわったものだろうか。尿は相変わらず出ていない。今日の日の出は05:21分、日の入りは18:43分 月齢は23.9の長潮。
単に体重が増えるだけならば問題はないのだが、それが体内にたまる水分のせいだから、5Kg入りのバケツを提げて歩くようなものだから苦しくて階段などは昇れない。またぞろ、介護ベッドを二階から一階に下ろしてもらわねばならなくなるのかも。
朝方は曇っていたが、昼前には晴れてきて初夏のような空になり、若葉の候になってきた。でも、浮かれて外出をするような気分ではない。
そこで、お小遣いを引き出しておいてから・・・、
県立病院へ行くことにした。家でごろごろとしていても良くはならないし、重くなって行くばかりだから。
で、今日は予約診察日ではないので、受付で「斯く斯く云々・・・」と説明をして、ドクターの診察をお願いした。
ドクター側にすれば、「良くなっておうちへ帰したのに、こうなったのは自己責任でしょ」みたいな雰囲気がある。確かにそう言われればそうかも知れないのだけれど、私側にすれば、特別に変なものを食べた訳でなし、変わったものを飲んだ訳でもなく、変わった生活をした訳でもない。
結局の薬局で、この前のように点滴を受けるしか方法はない。
だんだんと心臓は劣化してゆくばかり。それだから、心臓が正しく動かなくなって血液中の水分を尿として排水できかねているのだろう。ただ、点滴や薬で、それを補助しているに過ぎない。私の心臓がいつまで頑張りきれるか・・・ということらしい。
気持ちだけは元気そうにしているから、周りもそんなには気づかないけれど、生きていくということは大変なことなのだ。そういうことで、しばらくは、このブログも不定期になるので心配しないように。このブログを書くだけでも大変な時間と労力が必要なのだから。だから、ほとんどコメントへのお返事はできない状態。
で、奥方に頼まれていたタケノコを見つけてきた。最近は、タケノコを見つけるだけでも大変なのだ。先日、産直市場をのぞいたら、小さな子牛のツノみたいなタケノコしか並んでいなかった。少し前にはゴロゴロと五本や十本はすぐに掘れたけれど、今年は裏年なのかどうか、タケノコの影は薄い。そうそう、イノシシやサルの被害が多くなっているのも事実。
そうは言うても食べない訳にはいかないので、朝昼兼用のお昼ご飯はこれ。自然薯のとろろとしらすがメインで彩りに真っ赤なパブリカを添えてみた玉子かけご飯になった。「真っ赤な太陽と満月TKG」とでも名付けようか。
これだと、おかずを考えなくてもいいから「おひとりさま」ランチも気楽で良い。
今日の掲示板はこれ。「かけがえのない自分の人生を そのまま受け取れない自分がいる」という、いつもの赤松先生のお寺の掲示板から。二階堂行邦(にかいどう・ゆきくに)1930年、京都生まれの先生のお言葉である。『同朋』2002年9月号「真宗シリーズ」(東本願寺出版部)から。人はこの世に生まれた限りは、必ず死を迎える時が来る。誰一人として死を避けることはできないし、人生に代理人はあり得ない。しかし、私自身そうした人生 の無常性を感じながらも、どこかで自分だけは特別であり、例外であると思っている。いつも死を日常から遠ざけて、生に執着し続けている。代わってもらうこ とができない人生であるにもかかわらず、欲求ばかりが先行し、自分自身をそのままを引き受けることができずにいる。まさに「わかったつもり」でいることの 無明性から抜け出せない私がいるのである。私が「いつ死んでもよい」と覚悟をきめるものでもなく、思案をつけるのでもなく、かけがえのない人生にたいする まことの目覚めを持たない、あくまでそのような私のためにこそ思案をつけてくださった仏さまのお手回しにうなずき、ただおまかせしていくほかないと気づかされるのである。
じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。