さぬき市地方は四国の南岸に停滞する前線の影響で雲が広がっていたが、午後からは秋らしくきれいに晴れてきた。気温は21度から28度、湿度は94%から60%。風は1mから2mの北北東の風が少し。明日の8日も気圧の谷や南からの湿った空気の影響で、雲が広がりやすい見込みらしい。
さて、今日は例の「さぬき市の偉人を巡る」という自由研究の大詰めの作業に入った。パワーポイントを使ってのパンフレット作り。西行法師/寒川町 棟方志功:平山郁夫/津田町 小西和/長尾町 間島正市/寒川町 軒原庄蔵/大川町 までどうにか紙面が埋まった。
つくづく、パワーポイントは優れものだなぁと思ったりする。いとも簡単にプロ並みのパンフレットやチラシができあがってしまう。ま、細かいことを言えば不満もあるが、言い出せばきりがないのだけれど。
長尾町は静御前と磯野禅尼、さぬき市志度は、藤原不比等・房前、平賀源内、竹林上人、生駒親正、全体として弘法大師空海と種田山頭火あたりかな。?松藩主二代の?常と十代の?恕公はおまけかな。これで都合十六人になった。
それはそれとして、お隣の町というか峠をこえた所では、こんなお祭りがおこなわれていた。
門入ダムやその山あいの自然を背景にして、市内外から集まった踊り子たちが色鮮やかな衣装でよさこい演舞を披露するもの。そのほか、バザーや早食い大会なども行われた。
【プログラム】
9:30 開会式
9:45 よさこいステージ(一部)
12:15 早食い大会
13:00 よさこいステージ(二部)
15:40 総踊り
16:00 終了
若いっていうことはいいものだなぁと思う。暑かろうが蒸し暑かろうがお構いなしに飛んではねて走り回れるのだから・・。
こちらは見ているだけで汗が流れて30分も我慢ができないのだからして。つくづく、年齢の差というものを見せつけられた思いがする。
それにしても午後からは秋らしくなってきた。このまま秋らしさが続けばいいのだが、またぞろ台風がやってくる気配が・・・。
少し晴れて来たなぁと思うと、農家のおじさんたちが田んぼに出て来る。もう、じっとしてはいられないふうだ。
とにかく、少々雨に濡れていようが、湿っていようが、田んぼがぬかるんでいようが、とりあえず収穫しておかねば、この先、いつになったら収穫できるかわからない天候ばかり。ついつい、焦ってしまいがちになってしまう。
そうそう、連日、雨ばかりだから、こういうキノコ類が生えては消え、生えては消えて行く。こういうものはいくら生えてもありがたくない。
ご近所のおじさんがソバを蒔いたのだが、雨のおかげですくすくと伸びてきている。このソバの成長する早さには驚かされる。日毎にぐんぐんと伸びるのだからして。
我が家の黄色くなったゴーヤーは根こそぎサルに以て行かれてしまったように、このザクロの実も間もなくしたらお猿の餌食になってしまうことだろう。ま、我が家のものではないので、心配することもないのだけれど。
今日の掲示板はこれ。「いただいて 足りて一人の箸をおく」という種田山頭火の俳句からである。貝原益軒の養生訓には、「人の身ば元気を天地に受けて生ずれども、飲食の養なければ元気うせて、命を保ちがたし。元気は生命の本なり。飲食は生命の養なり。此の故に、飲食の養は、人生日用専一の補にて、半日も欠きがたし。然れども、飲食は人の大欲にして、口腹の好むところなり、其の好めるにまかせて恣(ほしいまま) にすれば、節をすぎて必ず脾胃をやぶり、諸病を生じ、命を失う」とある。私達が食事をとる最大の目的は、肉体の成長を図ると同時に、それを心の糧として身心の中に埋もれている仏様を導き出すエネルギーに変えることだと仏教では説いている。従って私達が頂く食物は、それを作る人の愛情がこめられていなければならない。その愛情に対して感謝の気持をこめて「いただきます」「ごちそうさま」と言うのだ。禅寺で僧侶たちの食事をつくる大切な役職名を典座(てんぞ) と言うが、道元禅師はわざわざ『典座教訓』という本を書いて食事の大切さを力説している。「いただいて足りて一人の箸を置く」。食べものに感謝して静かにいただいて、なお一層人間としての完成を図らせて頂きます、「ごちそうさまでした」とそっと箸をおく姿。一日にせめて一度ぐらい、こんなことを考えながら食事を頂くのも日本人として大切なことではないだろうか。
じゃぁ、また、明日、会えるといいね。