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Channel: まほろば自然博物館
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露草は きらめく露の そのままに

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 さぬき市地方は気圧の谷や寒気の影響で雲が広がり、雨の降っている所もあったが、夕方からは晴れてきた模様。お昼前にはスコールのような猛烈な雨とアラレだかヒョウだかや雷雨には驚いた。気温は20度から26度、湿度は96%から65%と少し蒸し暑いなぁと感じた時間帯もあった。明日の12日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 朝方は、山の神さんの本社用の注連縄を作ったり、「さぬき市の先人たち」というパンフレット作成をやっていた。やっぱり、左綯い(ない)というのは難しい。縄を左巻になうのは、お葬式だけのことかと思ったら、神社や仏式用も「左ない」にするんだと初めて知った。ま、仏式に縄を使うことはまずないのだけれど。

 

 で、今日は興正寺?松別院での「定例法座(法話会)」の日。法座は13時半からなのだが、スクリーンやプロジェクターの設置なんぞの準備があるので、11時過ぎに我が家を出て、12時過ぎに別院に着いた。昼食はコンビニのお弁当とお茶で済ませた。

 

 いつもは、13時半から輪番さんのおつとめがあってから、法話会が始まるのだが、今日は輪番さんが諸用のため、法座が先になって、おつとめは、法座が終わってからということになった。

 

 ま、ここの本堂も広いせいか、エアコンを入れていてもなかなかに涼しくならない。それだし、今日はなぜだか異常に蒸し暑い。汗を流しながらのパソコン関係の設営になった。

 

 13時前には設営も調整も終わって、このようになった。今日の一席目は「法然上人物語・念仏への道」。まさに「電子紙芝居」である。うむ、画面が微妙に右にずれているな。

 

 休憩後の二席目は「妙好人シリーズ1・良寛さま」という演し物。これも「電子紙芝居形式」。私が比較的若い頃、30才代から40才代の頃、「安本一正(いっせい)」さんという布教使さんが居られて、法然上人や良寛さんのお話をしてくれた。そういう思い出を、パワーポイントを使っての「プレゼンテーション」という形式に焼き直しての法話に仕上げてみた。

 

 あの時に聞いた、法然上人や良寛の和歌を朗々と読み上げる安本先生のマネをしてみたが、なかなかに和歌の朗詠は難しい。

 「露の身は ここかしこにて 消えぬとも 心は同じ 花のうてなぞ」・・・・・

 当時は、この「花のうてな」という言葉がわからなかった。 

 

 「花の台(うてな)」というのは、この「蓮の花の台座の上で」という意味らしい。

 

 つまり、こういうイメージらしい。なかなかに、これまた、窮屈そうではないか。

 

 結局の薬局、法座が終わり、おつとめが終わったのは15時半。それから片付けをして、自宅に戻ったのは17時前になった。

 

 これで、公的な行事は今年はおしまい。あ、所属寺院の秋の永代経が残って居るのか。これは今月の23日の祝祭日。とりあえず、今週末の土曜日には「おへんろつかさの会」の講演会もある。これは、駐車場係とかのサポート役と、時間が許せば講演会も聞きたいなぁと。

 

 雨だ、雨だと言いながら、暑いの、蒸し暑いだのと言いながら、それでも季節は確かに秋になってきた。あれほどうるさかったセミの声も絶えたし、カラスの声も聞こえなくなった。今は虫の声がやかましいほどに聞こえて来る。奥方のけいこばぁは、「虫の声がうるさくて眠られない・・」と苦情を言うけれど、これほどの贅沢があるものか。

 

 ということで、すっかりと遅くなったブログを書き終えることにする。

 

 今日の掲示板はこれ。「過去は追ってはならない 未来は待ってはならない ただ現在の一瞬だけを 強く生きねばならない」というもの。

「サッバッタ ヴィムッタマーナソ ナ プナン ジャーティジャラン ウペーヒスィ 」
Sabbattha vimuttamānaso, na punaṃ jātijaraṃ upehisi.

一切処で 解脱した心の者は ない 再び 生老に 近づかないだろう

和訳=前を捨てよ。後を捨てよ。中間を棄てよ。生存の彼岸に達した人は、あらゆることがらについて心が解脱していて、もはや生れと老いとを受けることが無いであろう。

 という「仏陀」の言葉からである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


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